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#11-3

それを聞いて俺は思わず絶句した。 そんな理由で。 あんな青い顔でふらふらの状態でも学校に来る方が、家にいるよりマシだったのか。 家に電話するなと言った本当の理由もそれなんだろう。そう思ったらいたたまれないような気持ちになった。 こいつは親に頼るということを知らない。許されていない。その事実がまざまざと眼前に突きつけられる。 俺が口を開く前に、保健教諭が戻ってきた。早退の手続きを済ませてきたようだ。 「じゃあ達規くん、気をつけてね。ちゃんと診てもらうのよ」 「はーい」 「君も付き添いありがとう。もう教室に戻って」 「……ハイ」 二人一緒に保健室から出され、昇降口までは送っていくつもりで同じ方向へ向かった。達規も特に何も言わない。 ゆっくりと歩くその足取りは、休んで少し落ち着いたのだろう、思ったよりもしっかりしてはいたが。 「ほんとに一人で病院行けるか?」 「ガキじゃねーんだから行けるし」 「そうじゃなくて……、途中で倒れたりとか、すんなよ、マジで」 「大丈夫だって。さっきのはほんと、立ち眩みみてーなモンだから」 そう言って笑顔を見せるが、空元気に決まっている。野生動物は弱った姿を見せまいと身を隠すらしいが、達規も弱味を晒せば食い物にされるとでも思っているのだろうか。 俺は想像する。 今からこいつが本当に一人で病院に行ったとして、じゃあ、その後は? 母親のいる家に帰りたくない一心で、街を放浪しそうじゃないか? 三十九度の熱がある身体で。 そう思ったら言葉は自然に口をついて出ていた。 「……俺、一緒に行こうか」 達規は力のない目のまま「あ?」と言った。何言ってんだこいつ、の響き。 わかっている、お節介も度が過ぎているということは。 ちゃんと病院行くかとか、家に帰るかとかを監視したいわけじゃない。でも一人で街をふらつかせるのだけはまずい気がする。道中でぶっ倒れないとも限らない。 達規は、案の定ではあったが、虫でも払うように片手をひらひらさせた。 「いいって、早く教室戻れよ。授業わかんなくなんぞ」 「平気だろ、一日くらい」 授業なんかどうにでもなる。それよりお前に何かあったら困る。 目の前で倒れられ、ここまで面倒を見た俺には、このくらい言う権利があるはずだ。しかし。 「大丈夫っつってんじゃん」 達規の声が硬くなった。そこには今までに聞いたことのない、無遠慮に踏み込んだあの日にさえ感じなかった、明確な拒絶の意思が滲んでいた。 辿り着いた昇降口の手前、達規はその声をもってきっぱりと線を引く。 「ほっとけ」 静かに言い捨てると、それきり振り向きもせずに下駄箱の向こうへと消えていった。 床に埋まりでもしたように、動かなくなった俺の足だけが残される。

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