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#11-4

今日は朝からついてなかった。 体育のバスケでは顔面に流れ玉が直撃したし、昼飯を買いに行った購買では唐揚げ弁当が目の前で完売した。 「達規、風邪かな?」 二限からずっと空いているその席に後ろ向きに座って、卵焼きを頬張りながら佐々井が言う。 「あいつ、前もフラフラで学校来たことあんだよなあ、二回くらい。さすがに倒れたのは初めてだけど」 よっぽど勉強スキなんだなー、俺なら即休むのにな。 的外れなことを言う佐々井は全く悪くないし、以前なら俺だって同じようなことを考えただろう。苛つくのは傲慢だ。俺は何も言わず黙ってコロッケパンを貪る。 「あ、でも水島は、部活したいからって無理して来たりしそうだよな。似た者同士?」 「……うるせー」 全然似てねえよ。正反対だ。言葉と一緒にソース味のパサついた塊を飲み込んだ。 春から毎日続いていた英語講習が初めて途切れた昼休みは、一言で言うなら、暇だった。 六限とホームルームが終わりざわつく教室で、俺もさっさと部活へ行こうと荷物をまとめていたところ、そいつは現れた。 個性的な短い髪に大きな瞳。小さな身体にオーバーサイズのグレーのカーディガンを纏った華丸ちとせは、ひょっこりと戸口から出した顔にハテナを浮かべる。 「水島くん、悠斗は?」 出し抜けに話しかけられて驚いた。しかも名指しだ。俺の名前知ってたのか、話したこともないのに。 達規の周りの人間には詳しいのかもしれない。仲が良さそうだったし。頭の片隅でそんなことを考えながら、「帰った」と端的に答える。 「熱あんだってよ」 「帰った? あいつが?」 華丸は目玉が零れそうなほど真ん丸に目を見開いた。表情の割に声のトーンは変わらないのがちょっと不気味だ。 少しの間、思案を巡らすような素振りをして、再度俺に視線を向ける。 「水島くんが帰れって言ったの?」 「……え?」 口調は平坦だが、言葉の内容はまるで俺を責めるかのようなもので、予想外のことに俺は面食らった。 なんでお前にそんなことを言われなきゃなんねーんだ。俺は倒れたあいつを保健室まで連れていった挙げ句に余計なお世話扱いされたんだぞ。 攻撃的にそう口走ってしまいそうなところを堪えているうちに、華丸は早々と踵を返して立ち去った。 朝から粛々と積み重ねられた行き場のない苛立ちを発散する術を、俺はサッカーしか持っていない。 「水島、スゲエな今日」 「気合い入ってんなあ」 肩を叩いて好意的なコメントをくれるチームメイトの存在が有り難かった。事実、募りに募ったイライラはいい感じに集中力へと変換され、ボールを蹴る脚にも上手く伝わって、それなりのシュートやアシストに繋がっていた。 無心になっていられる間はいいが、気を抜くと本日のハイライトが脳裏を過ぎる。主に達規の硬い声と、華丸の丸い目が。 どうしようもなく胃のあたりがムカムカした。取り出して冷たい水で丸ごと洗ったとしてもまだすっきりしないような気がした。ぶつけどころのない嫌な熱を振り切るべく走る。走る。走る。 「うお、水島はええな!」 ギラついた目でパスを要求する。いいところに来たボールを、今日の腹立たしいあれこれの塊に見立てる。 渾身のドライブシュートは狙い通りにしっかりと落ち、キーパーの佐々井の顔面にヒットした。

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