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#11-5
翌日、達規は朝から学校を休んだ。
もしインフルエンザなら担任から注意喚起の一言があるはずで、それがないということは、ただの風邪だったんだろう。そう思うことにする。
朝からずっと空いたままの前の席。休み時間がくるたびに振り向いてあれこれと話しかけてくる達規がいない一日は、静かになるかと思ったが、案外そうでもなかった。
「亨くーん、元気出してぇ」
達規がいないと佐々井の鬱陶しさが際立つという驚きの新事実。
「十分元気だっつの」
「嘘ぉ。静かじゃん今日」
「てめーがうるさすぎんだよボケ」
「ひどぉい」
目の前でくねくねすんな。視力が落ちる。
今日の佐々井はずっとこんな調子で、事あるごとに寄ってきては絡んでくる。
「達規先生いなくて寂しいだろうけどさあ、俺を代わりにしていいから、ね?」
「きめえ。いらねえ。寂しくもねえし」
「またまたぁ。達規先生大好きなくせに」
頬を突ついてくるんじゃねえ、不愉快だ。大好き。んなわけあるか、あんな奴。
そして夜。
俺は自室にてスマホ片手に悩んでいた。
睨みつける画面の、青白く発光する四角の中、開かれているのはトークアプリ。普段ほとんど連絡をとることのない、達規のアカウントだ。
あんなにふらついていたのだ、心配するなという方が難しいだろう。俺はそこまで薄情じゃない。
あの後ちゃんと病院に行ったのかも気になるし、今どうしているのか、家で休めているのか、確認したいことは山程あった。言いたいことも。
俺も三年ほど前に一度だけインフルエンザで高熱を出したことがあるが、一人で何かできるような状態じゃなかった。お粥くらいしか食えなかったし、そのお粥を自分で用意することなんかひっくり返っても無理だった。
そもそも朦朧としていてあまり記憶もないが、そんなことを思い出しながら、何度か文字を打ち込んでは消すのを繰り返す。
あまり長くなると読むだけで辛いだろうし、返信に気を使わせたくない。
何と送ればいいのか悩みに悩んで、もう送るのをやめようかとさえ途中で思って、でも結局、
『熱下がったか』
それだけ打ち込んで送信した。
たったの六文字送るのに、こんなに時間がかかるとは。
無駄極まっている。
来る確証もない返信を待つのはそれよりもっと無駄だ。
ベッドの上にスマホを放り、俺は机に向かう。数学の宿題がまだ残っている。さっさと終わらせて寝よう、それまでにもし返信があればこっちからも返すが、なければ問答無用で寝る。そう決めてシャーペンを握った。
途中で一度だけ画面を開き、返信がないこととサイレントモードがオフになっているのを確認した。三十分ほどで宿題を終え、改めてスマホを開くが、新着通知はない。
――まだ眠くないから英語の予習を進めておこう。うん、寝るにはちょっと早い時間だから。
そう言い訳をしつつ、また三十分。
やはり返信はなく、アプリを開いてみると、既読マークすらついていなかった。
もう寝ているのかもしれない。相手は病人なのだ、十分あり得る。そう頭ではわかっているのに、胸の中に立ち込める暗雲は簡単に消えてはくれない。
結局、さらに三十分、何だかんだと時間を潰して。
無言を貫くスマホをついに床へ投げ出し、俺は布団に潜った。
あの野郎、俺がこんなに心配してやってんのに、未読無視だと? いい度胸だな。
心の中では暗雲どころか雷鳴が轟き始めていた。
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