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#11-7
飛び起きたベッドの上、そこは何の変わり映えもしない自分の部屋で、当然俺は一人だった。
壁、机、時計の秒針の音。秋の夜のしんと冷えた空気、ぼやけた視界が徐々に明瞭さを取り戻していく。
何かぜえぜえ変な音が聞こえる、と思ったら自分の呼吸の音だった。
物凄い悪夢でも見たときのような反応を身体がしている。じんわり汗ばんでいて、布団の中に突っ込んだままの足が気持ち悪い。
わけのわからない夢だった。
何で達規が俺に、キスして、あんなこと。と、いうか。
夢の中のあいつは何と言った?
俺があいつを好きなのかって?
脳みそがぐちゃぐちゃにかき混ぜられたようで、俺は頭を抱えた。
夢は深層心理を表すというが。
夢占いなんて馬鹿らしくて見たこともないが。
あんな夢が何を意味するかって、誰に聞いても答えはひとつじゃないのか。
「いやいやいやいやいやいや」
もしも今、俺を見ている人がいたなら、深夜に独りごちながら頭をかきむしる姿は不気味としか言いようがなかっただろう。しかしそうでもしないと、キャパを超えた脳が爆散してしまいそうだった。
佐々井が変なこと言うからだ。つーか達規のこと考えながら寝たせいだ。いや、今のは語弊がある、今のナシ。達規が返信よこさねえからイライラしただけ。それが変な方向に表れて、おかしな夢になっただけだ。そう、今のはナシだ、全部。
はっとして枕元に転がっているはずのスマホを手探りで探す。見つからない。目線をそのへんに走らせて、ああ、床に放り出したんだったと薄っすらした記憶が蘇る。
見下ろせば確かに床の上に黒い長方形が落ちていた。ぎりぎり手の届かない距離で、渋々ベッドを降りる。
電源ボタンを押すと、新着メッセージ二件、の文字が寝起きの網膜を刺した。
アプリを開く。達規の名前の横に新着マークのアイコンが踊る。二通とも達規からだった。
『ごめん寝てた 熱下がった』
『明日は行く』
絵文字の類のない簡素な文面からは、表情は読み取れないものの、達規らしいそれに一抹の安堵を覚えて俺は肩を下げた。
受信の時間は一時過ぎ。今は一時半を回ったところだ。
まだ起きているかもしれない、返事を送ってみようか、と過ぎった考えは頭を振って追い払った。
明日会えるんだからそれでいいじゃないか。いや、会えるって何だ。まるで会いたかったみたいな。別にそういうわけじゃ。
また頭がぐるぐるし始める。
考えすぎだ、ちょっと、たまたま変な夢を見たばかりだから、混乱しているだけ。
夜は人をおかしくさせると言うし。寝直して普通の朝がくれば、何だったんだあれは、と笑い飛ばせるはずだ。
スマホを枕元に置き直し、頭まで布団を被る。蒸し暑いがそうせずにいられなかった。
カーテン越しの月明かりさえも遮断した真っ暗な空間で目を閉じるも、睡魔はどこか遠出をしてしまったらしい。
なんとか再び眠りに落ちることができたのは明け方近くで、それまでのあいだ瞼の裏には、さっきの夢の光景が途切れることなくループしていた。
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