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#11-9

大丈夫と言った言葉通り、達規は三十七度の微熱を感じさせず一日を過ごしていた。 体育はさすがに見学していたが、授業中も休み時間もいつもと変わらない。 それはいいのだが、昼食もいつもと同じメロンパンとカフェオレだったのには絶句した。 風邪のときくらいもうちょっと栄養あるもんを食え、つーかいつももっと食え、と言いたくなったがやめた。というより顔を見たら言えなくなった。 「なんか今日おかしくね、水島」 「達規と二日ぶりに会えて嬉しいんじゃねえの」 くそ佐々井、あながち間違ってねえのがムカつく、いや違う、別に嬉しくねえ。ちょっと目を合わせるのが気まずいだけだっつの。変なことを口走ってしまいそうで、俺は終始黙りがちだった。 「つーか達規さ、ちょっと痩せたか?」 「あー、マジ? ビスコしか食ってなかったしなあ」 「なんでビスコなんだよ」 「強くなろうと思って」 佐々井が俺の気になっていたことを突っ込んでいる。やっぱりこいつ、ちゃんとメシ食ってなかった。ビスコって子供か。ビスコで強くなんのは骨だ、風邪に関係ねえ。頼むから栄養あるもん食ってくれ。 言いたいことは次から次へと湧いてくるが、言えない。どこまでが普通でどこからが失言かの判断ができない。 「お前、あれだぞ、もうちょっとほっぺ丸い方が可愛いぞ、きっと」 「触んなキモい。可愛くなくていいし」 「なんかさあ、ポメラニアンみたいだよなあ、お前」 「超弱そうじゃん。ナメんな」 達規の頬を佐々井が突ついている。振り払われてもしつこく狙い続け、最終的にむに、と摘まんだ。 肉の薄い頬が横に引っ張られ、根負けした達規が不満げに唸る。 無言で弁当を口に運び続ける俺を見て、佐々井が「うわっ」と目を瞠った。 「水島、顔こええぞ、どうした?」 「……や、別に、なんも」 突っ込みたいのを堪えているうちに、眉間に皺が寄ってすごい顔になっていたらしい。多くは語りたくないので、口をつぐむ代わりに弁当箱を持ち上げて米をかき込んだ。 そしてその夜。 昨日のより最悪な夢はないと思ったのに、あっさり裏切られた。 美術室で犯す夢。 制服を乱し、机に手をついた達規を、後ろから。 最悪だ。マジで。 明るい美術室の隅で、ほとんど金色に見える髪が揺れている。 シャツを纏った華奢な背中。反らされた細腰を俺の手が掴む。指の痕がつきそうなくらい、力を込めてがっちり固定して、逃げられない身体を突き上げている。 切れ切れに喘ぐ声は、記憶にこびりついたそれよりもっと、甘ったるくて熱っぽい。 白いうなじを汗が伝い落ち、机の脚が床とぶつかってガタガタ鳴る。 達規はしがみついた机の天板から顔を上げ、震えながら必死の様子で振り向いて、蕩けた涙目に俺を映す。 掠れた声が俺を呼ぶ。 あいつじゃなくて俺の名前を。 それを聞いて俺は、頭の中が白く弾けて、腹の底が煮えるように熱くなって。 ――マジで死にたい。 自室のベッドの上、虚ろに見上げる天井。下半身に、つーか股間に湿った不快な感覚。妙に悟ったような気分。 これが夢精か、初めてだっつの、ふざけんな。最悪だ。 マジで。 最悪。 何がって俺が。

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