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#12 lock
達規の右の指先で赤ペンが踊っている。
くるくる回って細い人差し指と親指の間にぴたりと収まり、紙の上を滑る。
達規はペンの持ち方がお手本みたいに綺麗だ。手がごつごつしていなくて華奢だから、余計にそう見えるのかもしれない。ちいさくて丸っこい爪が桜色につやつやしている。流れるようなスピードで、几帳面に整った字を書く。
「聞いてる?」
怪訝そうな声にはっと意識を引き戻す。俺のノートを開いた机に片肘をついた達規が、思いっきり顔をしかめてこっちを見ていた。
「ぼーっとしてたっしょ、今」
「……してない」
「嘘つけ。聞いてなかったじゃん完全に」
ペン先を俺に向けて言うと、ノートを俺の方に寄せてくる。
英語の宿題のノートだ。次の五限の授業で提出と小テストがある。今年赴任した英語の教師は小テストと居残りが大好きだ。達規がいなかったら、俺は本当にしょっちゅう部活に遅刻していたかもしれない。
その達規は眉根を寄せて俺の解答部分を指した。
「だからね、ここはthat節の主語だから、目的格じゃなくて主格にすんの」
「しゅかく……」
「アイマイミーマインの! ひとつめ! 目的格はみっつめ!」
赤ペンの先端でノートをとんとんとん、と三回ノックする。直径〇.四ミリの赤い点がみっつ。
俯いた達規の顔にかかるさらさらの前髪と、下を向いた睫毛。
「聞いてる?」の一度目はいいが、二度目になると結構怒る。経験上知っているから、椅子の上で小さく身動ぎ座り直して、説明を繰り返す達規の声に耳を傾けた。
俺は達規のことが好きらしい。
そういう意味で。
認めるまで三日ばかりかかった。自分がホモになってしまったと受け入れるにはなかなかの覚悟が必要だった。
性別は関係ないとか、達規にはそれっぽいこと言っておきながら。悩んでしまう自分に対する自己嫌悪との戦い。
でも、認めないわけにはいかなかった。
目が勝手に達規を追う。横顔なんかは穴があくほど見てしまう。でも気づかれては困るから、達規がこっちを向いたら逸らしてしまう。
直視できないのは克服したが、笑った顔をまともに見たら息が止まる。壁に頭を打ちつけたくなる。
なんで今まで普通に目を見て会話できていたのかわからない。
だってあいつ、めちゃくちゃ可愛い。
一般的に可愛いと言われる女性アイドルとか、学年で一番可愛いと評されている一組の高橋とか、ああいうのとは全然違うのに、すげー可愛い。佐々井が子犬みたいだと言っていたが、それもちょっと違うような気がする。
そう、佐々井。佐々井だ。
俺が自分の気持ちを認めざるを得なかったのは、佐々井の存在によるところも大きい。
あいつは結構スキンシップが多い。
俺は基本的に他人に触るのがあまり好きじゃなくて、たぶん達規もそのタイプだと思う。しかし、気に入った相手には物理的にガンガン距離を詰めてくる、それが佐々井だ。
俺も佐々井に関しては慣れたし、達規もそうで、あいつの鬱陶しいボディタッチを諦め半分に受け入れている。
問題はそこだ。
達規が目の前で佐々井にベタベタ触られていると、物凄くイラッとくることに気づいた。佐々井にそういう感情はない、とわかっていてもだ。
これが嫉妬か、ということにもすぐには思い当たらなくて、謎の苛立ちを押し殺そうと耐えるたびに、当の佐々井から「顔が怖い」と指摘される始末だった。
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