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#12-2
そういう諸々を自覚し、自問自答を繰り返した末、これが「好き」ってことか、という結論に至った。
その答えが導き出された瞬間は、鍵が嵌ったみたいな手応えがあった。
他の誰かには抱いたことのない感情。独占したい。見つめていたい。それは、恋愛感情というものの定義に当てはまる気がした。
今までの全部、それで説明がついてしまうことがわかったので、俺はついにその事実を受け入れることにした。それが数日前のこと。
「わかった?」
再びペン先でノートをとんとん指し示しながら、達規の目線が上げられた。
達規は俺に勉強を教えるとき、俺の反応をすごくよく見ている。ちゃんと理解して飲み込めるまで何回でも噛み砕いて説明してくれる様子は、雛に餌を与える親鳥みたいだと思う。
「あー、予鈴鳴っちゃったし! 大丈夫? いけそう?」
「微妙……」
「もー、ボーッとしてっからじゃん! 今日こそ居残りになっても知んねーかんな!」
言いながら達規は吊り目をさらに吊り上げた。
居残りは困る。部活に行けないのは何より困るのだ。
本鈴までの残り五分間、達規は同じところを三たび説明してくれた。
気を抜いたらその顔ばかり眺めてしまいそうな自分を叱咤しつつ聴く達規の声。忙しなく窓を叩く秋風のようなざわめきの中で、それは俺にだけ向けられている。
学祭の日の夜、達規がうちに泊まって、その三日後に熱で早退して。その翌日も休んで。
翌々日、俺は夢の影響もあり、達規の顔がまともに見られなくなって。
それ以来、俺と達規のあいだにはどこかぎこちない空気が流れている。
主な原因は確実に俺なのだけれど。俺があいつを意識しすぎて挙動不審になっているせいなのだけれど。
でも、それが全てじゃない。
達規を保健室から昇降口まで送った、あのとき。小石でもぶつかれば簡単にひび割れてしまいそうな硬い声で達規は、確かに境界線を引いたのだと思う。
俺は踏み込みすぎたのかもしれない。達規が触れられたくないところまで。
軽い気持ちで介入したつもりはないが、自分に何かできるんじゃないかと思った。それは達規にとっては、気安く深入りされるのと同じだったのではないだろうか。
あれ以来達規は、俺と二人きりになるのを避けている。移動教室や休み時間のちょっとしたときにそれは感じ取れた。
目を泳がせる仕草や、佐々井を待って一歩立ち止まるタイミング、そういう本当に些細なことから。
それに気づいてから、俺もできるだけ二人にはならないようにした。境界線を踏み越えてしまって、達規が今より遠くなるのは耐えられないような気がした。
でもだからといって、これまで続けてきたものをやめにするのは、俺たちにとっては不自然で大きすぎる変化だった。
だから昼休み、英語の講習の時間だけは、今までと変わらなかった。
そのときだけは、達規が俺のことだけをちゃんと見て、考えて喋ってくれている。そう思えて心がぐらぐらした。
初めて抱いた「好き」って感情は、だから俺にとって、持て余すほどかさばって、そして苦かった。
吐き出してしまいたいくらい、とてもとても苦かった。
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