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#12-6
初めて聞く、電話越しの達規の声だった。
いつもと変わらない声音だが、強張って聞こえるのは電話だからだろうか、外だからか、それとも。
すぐに返事をすることができなくて、向こうには見えもしないのに、口を開いては閉じるのを二度繰り返した。怪訝そうな声が『水島?』と急かす。
『電話なんか珍しいじゃん。どしたん?』
少しやわらかい口調になって達規が言う。俺は上を向いても見えないガラスの向こうの姿を想像する。
頬杖をついて、窓の外の暗くなった空を眺めながら、スマホを耳に当てた達規。置かれたカップの中身はたぶんカフェオレ。
「……達規」
『うん? 俺だよ。なに』
手に自然と力が込もる。ゆっくりと深く息を吸って、喉を開く。
「あのさ、今から」
『うん』
「お前を拉致しに行くから」
『うん?』
「嫌ならトイレにでも隠れとけ」
返事がない。わけがわからない、と言いたげな真顔が目に浮かぶ。悪い、俺もよくわかんねえ。でも言うことは決めてある。
「三十秒待つから。そのあいだに」
『ちょ……っと、水島』
「隠れてなかったら拉致する」
『何言ってんの?』
「三十秒後に、お前がその席にいなかったら」
交差点を行き交う人の波が途切れた。風の冷たさは感じない。喧しく鳴っていた心臓は、今は静かだ、止まったんじゃないかと思うくらい。
「もう二度と口出ししねえから……忘れろ」
返事を待たずに通話を切った。ビルの下、古着屋の派手なショーウインドウの前に立ち尽くす。
時計なんてないから三十秒をゆっくり数えた。実際は一分くらい経っていたかもしれない。
ショーウインドウの横の階段を昇り始める足は、なんだかふわふわしていて感覚がなかった。誰かに糸で操られているみたいだ。
コンクリートの段差を昇りきった先に自動ドアがあった。俺が腹を括るのを待つこともなく、すんなりと横に開いたドアの向こう。コーヒーの香りと存外賑やかなBGMに包まれる。
いらっしゃいませ、と、カウンター越しにやたら美形の店員に出迎えられた。ウェーブのかかった髪型や背格好からも、窓越しに見えたあの男だとわかった。
左胸に名札がついている。カタカナ書きで。
ホシナ。
間違いない。
「ご注文こちらでどうぞ」と歌うように滑らかな声。
やっぱり俺よりも背が高い。
栗色の髪の下で笑みを浮かべるその顔は、いかにも穏やかで人当たりの良い好青年といった風情だ。高い鼻梁やくっきりと深い二重の線。緩やかな弧を描く口元は優しげだが、胡散臭い、という感想を抱いてしまうのは先入観ありきだろうか。
睨みつけるように自分を観察する、どこから見ても部活帰りの高校生である俺を、保科はどう思っただろう。少なくとも動揺は特に見せなかった。カウンターの向こうで笑みを崩すことなく立っている。
俺は注文口から三歩離れた位置に立ったまま、店の奥に目を走らせた。ガラス張りの席の一番右側。
探すまでもなくすぐにわかった。
片手にスマホを握りしめ、上半身だけ捻った達規が、目を瞠って俺を見ていた。
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