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#12-7

その顔を見つけた途端、足が店内へ向かう。 注文せずにずかずかと奥へ進んでいく俺を、保科は止めなかった。店内には他にも数名の店員の姿があったが、咎められることなく俺は達規のもとへと簡単に辿り着く。 「……水島」 達規は椅子に座ったまま、ほとんど消えそうな声で俺の名前を口にした。見上げてくる表情は間抜け面そのもので、俺は「おう」とだけ返すと、テーブルの上に投げ出されている達規の左腕に手を伸ばした。 掴んだ手首の細さに内心で驚きつつ、強めに引き寄せて椅子から立たせる。 達規は間抜け面を歪めると声をあげた。 「い、ってえよ、なに、マジでっ」 「拉致。言っただろ」 「いや! 意味わからんし!」 幸い達規は今日も手ぶらだった。ほとんど減っていないカップの中身だけをテーブルに残して、達規の腕を掴んだまま、問答無用で引きずっていく。 「おい、離せって、ちょっと」 そう言いながらも、注目を集めるのを嫌ってか、達規は大声で騒ぐことも、強く抵抗することもしなかった。 賑やかなBGMのお陰もあり、さほど目立つことなく俺たちは店の出入り口まで歩を進める。 保科は変わらず店頭のカウンターの中にいた。 笑みは消え、ちょっと驚いたような表情をした保科は、俺と目が合ってもそこから微動だにしない。黙って見送るつもりらしかった。 無性に苛ついて思わず舌打ちが出る。 来たときと同じく、自動ドアはスムーズに道を開けた。達規の声には耳を貸さず、大股で外へ出る。 「意味わかんねーんだけど、何なん、何でお前がここにいんのっ?」 階段を降りきったところで達規は俺の手を振りほどいた。 声を荒げる達規とは対照的に、俺は妙に落ち着いていた。 「俺が街にいちゃ悪ぃかよ」 「そういうことじゃなくて! 何お前、俺のストーカーかよ!?」 「ス……っ、ちげえよっ、たまたまここ歩いてたらお前が見えただけだっつの」 「じゃあ何なん、この状況! 電話もわけわからんしっ、マジいい加減にしろよ!」 怒鳴りこそしないが、糾弾は鋭く熱を帯びている。 ここまで憤りを露わにする達規は初めて見た。非難の目に捕らえられ、努めて静かに口を開く。 「保科ってあいつだろ」 その名前が俺の中で初めて実体をもって響いた。鳥肌の立つような音に感じた。 達規は顔色を変えず、実際には多少なり動揺したのかもしれないが、おくびにも出さずに答える。 「だったら何? お前に関係ねーだろっ」 「離れたいんだろ。関わるのやめろよ」 嘲るように短く笑って「水島に何がわかんの?」と吐き捨てる達規に、頭の芯が熱くなった。

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