118 / 142

#13-2

恐らく達規は俺と一切、口もききたくなかっただろう。 近寄るなオーラをビシビシ感じた俺も、自分から歩み寄ることはまずしない。 そんな空気をあえて読まないのが佐々井であり、次期正キーパーとしてチーム内でもムードメーカー的な役割を担う奴の本領であり、各方面からウザいウザいと言われながらも何だかんだで人望があり愛されている所以だった。 「体育だ! 達規、水島、体育だぞ!」 チャイムが鳴るや否や、佐々井は体操着を小脇に抱えてやってくると、俺と達規の席の横に立ち「ほら行くぞ、早く、二人とも急げ!」とソーラン節みたいな謎のジェスチャーを始めた。 飛ぶ蝿でも見るような目をして顔を上げた達規は「俺いいから、水島と二人で先行っててくれん?」と手で追い返す仕草をする。しかしその程度で引き下がる佐々井ではなかった。 「うるさい! さっさと行くぞ、ほらぐずぐずすんな、早く!」 達規の両肩のあたりに軟体動物よろしくまとわりつき、有無を言わさず椅子から立たせる。そして片手は俺のブレザーの襟元を掴み。 ほとんど物理的に佐々井に引きずられるような格好で、俺たちは空き教室へと移動した。 着替えるときは一旦パンイチになる主義の佐々井が「サッカー日本代表」とだけプリントされた意味のわからないトランクス姿で「さっきの授業中さー、すっげー屁したくなってさー」などと心底どうでもいい話を垂れ流し続ける。その両隣で、俺と達規は黙々と着替えを済ませた。 客観的に見て、凄い空気だ。特に達規の不機嫌オーラが凄い。佐々井の話がつまらないとかスベっているとかそういう次元の問題じゃない。 にも関わらず、佐々井は時に鼻歌まで歌いながら悠々と着替えを終えると「お待たせ」と振り向きざま、ファッションモデル風のポーズを決めた。 こいつのメンタルどうなってんだ。鬼か。尊敬すら覚える。 横目でちらっと窺った達規の顔がヤバい。これか? ガチヤンキーの顔。 「よーし行くぞ、楽しい体育、しかも今日は女子と合同! 最高!」 「は? マジか」 道理でテンションが上がっているわけだ。 再び佐々井に片腕ずつ捕まれて体育館へと歩き出すとき、達規と一瞬目が合った。 死んだ魚のような目をした達規は、何か言いたげにも見えたが、たぶん佐々井に辟易していただけだ。すぐに顔を背け、無言のまま逆らわずに引きずられていた。

ともだちにシェアしよう!