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#13-3
佐々井の言葉通り、体育館には女子も集まっていて、いつもよりも浮いた雰囲気に満ちていた。
男女別で名簿順に並ぶように、との指示が飛んでいるが、まだほとんどの生徒が散り散りの状態だ。
体育館に入るなり、佐々井は「玲奈ちゃんっ」と声をあげ、女子数人が集まったグループの一角へ手を振った。
誰かと思えば工藤のことだったらしい。佐々井は文字通り跳ねながら飛んでいき、後には俺と達規がぽつんと並んで残された。
たぶん俺たちの内心には同じものが浮かんでいたと思う。「いつの間に下の名前で呼ぶようになったんだ」と、「こいつと二人で置いていくなよ」の二つ。
佐々井のいた人一人分のスペースを不自然に空けたまま、その場を離れるのもなんとなく負けな気分になって、俺はそこに立ち尽くしていた。達規もぼんやりと佐々井の後ろ姿を眺めて、動く気配はない。
女子グループから少し外れたところで、工藤と佐々井は楽しげに何かを喋っていた。祭りの会場で鉢合わせたときのような、ガチガチに緊張して空回りまくる佐々井の姿はそこにはなく。
ちょうどここからはにこにこ微笑んでいる工藤の顔が見えて、時折口を押さえながら声をあげて笑っていた。
「工藤って、釣った魚に餌めっちゃやるタイプなんかな……」
ふと隣から、独り言にも近い呟きが漏らされた。俺の耳がそれを拾ってしまった以上、返事をしてまずいことはないように思った。
「魚の性格にもよるんじゃねえの」と、独り言に近いトーンで呟き返す。それきり達規のレスポンスはなかった。
会話と呼べるのかもわからない、ほぼ中身もないに等しいほんの一言ずつの応酬、これが本日唯一のコミュニケーション。無よりはマシだろうか。
なんとも虚しい気分になったところで、授業開始を告げるチャイムが鳴った。
「恋とは」
何だっけあれ、ダビデ像?
なんかあんな感じのポーズで、パンイチの佐々井が厳かに言う。
「時に苦しいものであるが、それは我々の人生に彩りと豊かさを添える、天からの試練であり恵みでもある」
芝居じみた言葉を、また何か始まったなーと思いながら聞き流し、スラックスに右足を通す。
「ふーん……そうなん……」
佐々井を挟んだ反対側で、達規が寝言かと思うような声で返事をしてやっていた。
「誰の言葉か聞きたいか達規?」
「ウン……聞きたい……教えて」
「俺」
「へえー……」
相手にされなければひたすら絡み続けるが、どんなに雑でも構ってさえもらえれば一人で楽しそうにしている、それが佐々井だ。
サッカー部以外で佐々井の扱いをここまで心得ているのは達規くらいだろう。さっき一瞬見た死んだ魚のような目で、淡々と自分の着替えを進める達規の様子が見なくても浮かんだ。
……いや、今のは別に、最近ずっと達規の着替えをチラ見していたからってことじゃなくて。シャツの下が脳内再生できるとか、そういう意味じゃなくて。
「人を狂わせ、絶望さえも与える」
「わかるわー」
「しかし抗えないのが恋、そう、恋という名の魔物」
「それなー」
シャツを羽織るところまでは済ませた佐々井だが、達規が先に我慢の限界を迎えたらしい。演説を続ける佐々井のシャツのボタンを留め始めた。
適当な返事をしながら、第一までぴっちりと。ネクタイまで巻き始める。
お前はオカンか。いや、どっちかっつーと嫁か。嫁?
「俺たちはみんな恋の奴隷……」
「お願いだから早く下穿いてくれん?」
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