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#13-6

角を曲がると歩道沿いに建った石碑が視界に飛び込んできた。今まで意識したこともなかった暗い灰色のそれは外灯に仄かに照らされている。 夜の帳の差す公園。ほとんど枯れた木々の枝を、風がすり抜けていく音がする。 片隅のベンチに人影があった。 制服姿のままの達規が、ブレザーの袖口からカーディガンを目一杯伸ばして両手を隠し、どこを見ているのかわからない目をしてぼうっと座っていた。 芝に入る手前でチャリを停め、福助のリードを握り直して無言で園内へと踏み込む。少し呼吸が上がっていた。 もっと走りたいというように落ち着きなくぐるぐる回っていた福助は、達規の姿を見つけると尻尾を振り、身体全部でリードを引いた。 達規は月明かりで青白くぼんやりした顔のまま、目線をこっちに向ける。正しくは福助に。 あと数歩の距離まで近づくと、達規はゆっくりベンチから腰を上げた。 足を二歩前に運んで屈み込み、今にも飛びつかんばかりの勢いの福助へと腕を伸ばす。ブレザーに毛がつくのも構わずに、もふもふの毛玉に両腕を回して「福助ぇ」とふにゃふにゃの声を出した。 「会いたかったぁ」 湯船にでも浸かっているみたいな、力の抜けた声だった。じゃれつく福助の被毛に鼻先をうずめて抱きしめる。尻尾を振りたくる福助。 俺はその様子を、リードの反対側で突っ立って何も言わずに眺めていた。 「なあ福助ぇ。お前の飼い主、ヒドイんよ」 福助の首や背中や腹のあたりをひとしきり撫で回したあと、俺の方をちらりとも見ないままで達規は言う。 「意味わかんねーことばっかしてさあ。あいつのせいで俺、怖くて家帰れねーし」 ベンチの上、さっきまで達規が座っていた横に放置された鞄。学校が終わってから今まで、ずっと外にいたのだろうか。肺のあたりが冷たい手で掴まれたようにぎゅっとなった。 「あいつのせいでさあ、……ずーっと、あいつのことばっか考えちゃってさあ」 福助を間近で見つめる達規の、寝起きみたいに緩んだ顔から、いつものどこか喰えないところのある笑みは消えている。 「なぁんも手につかねーの」 薄っすら赤くなった鼻は、寒さのせいだろうか。福助の首のあたりを両手でくしゃくしゃに撫でながら、 「ヒドイっしょ?」 そう言うと顔を向こう側に背けて、福助に抱きついた。 立ち尽くす俺の頭の中で、達規の言葉がシャボン玉のように寄る辺なく漂う。弱々しくふよふよ浮いて頼りないそれらを、逃がさないようゆっくりとひとつずつ割っていく。 最後のひとつが弾けたのと同時に、達規が初めて俺を見た。 福助を抱いたまま、拗ねたような上目遣いで見上げてくる。 「……俺に言いたいことねえの?」 それだけ言ってすぐに逸らされた目は、決まり悪げに泳いでいる。達規のそんな様子を見るのは初めてで面食らう。 俯き加減のその顔を、ずっと眺めていたいような気持ちにもなった。 もう長いこと胸の中に蔓延っていた正体不明のもやが、溜め息ひとつになって夜の公園に溶けた。 俺は頭を掻きながら数歩ほど前に踏み出し、さっきまで達規が座っていたベンチに腰を下ろす。 達規の頭のてっぺんを少し後ろの位置から見下ろしながら、もやが晴れてクリアになった胸の内に言葉を探す。 達規に言いたいこと。そんなの山程あるような気がしたけれど、形が違うだけで、中身はどれも一緒だった。

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