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#13-9

「家帰ってねえの?」 先程聞いた言葉が気になって問いかける。達規はうーんと少し唸ってから、「帰ってなくはない」と答えた。 「昨日と一昨日は十二時過ぎてから帰った」 「それまでどこいたんだよ」 「ガストとマック」 制服姿で一人、ファミレスのボックス席にぼんやり座る姿を想像する。 どんな気持ちでそうしていたのか、俺には想像もつかないが、今日も同じことをさせるわけにはいかないということだけはわかった。 あの日一度だけ見た、保科の顔が浮かぶ。どことなく作り物めいた笑みを張り付けていた顔と、俺たちが店を出る間際の、監視カメラみたいなあの目。 「待ち伏せでもされんのか。家来られるとか」 「や、そういうのはしない……と思う、んだけどさ……」 歯切れ悪く言いながら、足下の小石をひとつ指先で拾い上げる。 「何となくやっぱ、怖くて」 確か家が近いんだったか。そんなことを言っていたような記憶が薄っすらある。 尖った角を地面に突き刺すようにして線を引き、何かを描き始めた。 「つーか、あれから連絡フル無視してっし……鉢合わせしちゃったら、それこそ拉致られんの確実だし……」 決して高くはなかった達規のテンションが、話しながらさらに目に見えて落ちていく。 「殺されるかもしんない……」とどんより呟く手元では、恐らく福助であろう犬の顔が出来上がっていた。 描き手の表情とは正反対のその犬を眺めながら、俺は考える。 うちに泊めたいが、明日は普通に学校だ。着替えとか荷物とか、そういうことを考えると、家まで送り届けるのが最善だろうか。ばったり会いさえしなければ、とりあえずは安全なようだし。 そう言ったら達規は少し顔を上げて俺を見た。迷惑をかけたくないとでもいうような気持ちと、頼りたい気持ちが対立しているのが手に取るようにわかる。 「別に迷惑とかねえから。チャリあるし。一瞬だろ」 「……でも」 「外ふらつかれる方が困るんだよ。今日はさっさと帰って寝ろ」 畳みかけると、達規は何か言いかけた口をぐっと噤み「わかった」と素直に頷いた。 「……って、いや、無理だわ!」 「いいから早く乗れアホ!」 いつかのようにチャリの後ろに達規を乗せようとしたら、全力で拒否された。俺の握ったリードの先では、早くしろと言わんばかりに福助がぐるぐる回っている。 「無理、いい、やっぱ一人で帰るっ」 「あ!? させるわけねえだろ!」 言うなり本当に踵を返そうとする達規の腕を掴んだら、途端に顔を真っ赤に染めて大人しくなった。だから、そういう反応をされると恥ずかしいのが伝染するからやめろ。 結局、ほぼ力尽くで後ろに乗せ、有無を言わさず漕ぎ始めた。さっきは焦るあまり福助に優しくないスピードを出してしまったから、今度は調整しながら比較的ゆっくり夜道を走っていく。 一度家に寄って福助を帰らせ、そこから達規の自宅を目指す十数分ほどの道中、達規はほとんど何も喋らなかった。 途中でジャージの裾をこっそり握られたことには気づいたが、俺も何も言わなかった。

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