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#14 way

掴まれた腕を振り払えずに、達規が顔を歪める。 蛇のような双眸が冷たく俺を見据えている。 公園までチャリを飛ばし、達規を家まで送っていったあの日。 あれ以来、俺の部活が終わる時間に学校のそばで待ち合わせて、チャリで達規を家まで送り続ける日が続いている。 「そこまでしなくてもいいって」と達規は言ったが、俺にとっては家に帰るのがほんの少し遅くなるだけで、大した支障はないから聞かなかった。 放っておいたらまた日付が変わるまでファミレスにいるか、あいつに見つかって攫われるか、どちらかのような気がしてならなかったし。 何より、達規を後ろに乗せてチャリを走らせる時間が結構、好きだった。 「お前さ、この時間まで何して待ってんの?」 「美術室で絵描くフリして遊んでる」 「ふーん」 「たまにグラウンド見てる。今日佐々井めっちゃコケてたっしょ」 「あー、あれな、顔からいったな」 学校での達規は、初めはちょっと、いやかなり、それはもう意外なほどぎこちなくて、佐々井に「仲直りしたんだよな? なんでそんなよそよそしいの?」と散々言われた。 俺たちは現状、いろんなことを佐々井に黙っている。 日が経つにつれて達規の不自然な態度は緩和されていったが、二人だけで話すような時間は皆無に等しいので、ほんの二十分程度でも二人きりになるのは特別な時間に感じた。話題は他愛もないことであっても。 「髪どれくらい染めてんの?」「月イチ」「いつから?」「中二」とか。 「なんであのメロンパンばっか食ってんの?」「お前は毎日米を食うことに理由があるんか?」とか。 「お前A型だろ」「当たり。水島は? あ待って、当てるわ。B」「当たり」とか。 本当にどうでもいいようなことばかり話した。達規について知っている些細なことが少しずつ増えていく。 俺はわざとゆっくりチャリを漕いだ。達規はいつもこっそり俺のジャージの裾を握った。 「保科さんとちゃんと話さなきゃって思うんよ」 ある夜、達規はそう言った。 日に日に朝晩の冷え込みが増してきて、明日からマフラー巻いてこよっかな、と暢気に呟いたあとだった。 俺はその名前を聞いた途端、得体の知れない化け物に背後から擦り寄られたような気分になって、ハンドルを握る手に無意識のうち力がこもる。 「いつまでも避け続けてらんねーし」 確かに、同じマンションという状況では、逃げ続けることに限界がある。このまま有耶無耶にできる相手ではないのも想像できた。かといって容易に頷けるものでもなかった。 「怖いんだろ。無理して顔合わせに行くことねえんじゃねえの」 「コワイけど……やっぱ、ケジメっつーか、俺がちゃんとつけなきゃいけないと思う」 「せめて電話とかにしろって。何されるかわかんねーじゃん」 「電話であの人納得させんのは無理だよ。直接会わないと、たぶん、聞いてくれない」 達規は頑なに譲らず、しかし俺も二人だけで会わせたくはなくて、どうすれば安全に話ができるかを一緒に考えた。 「水島に聞かれたくないこと、いっぱい言われる気がする」 そう言って、俺が同行するのは断固拒否された。 結局、具体的な案は何も出ないうち、その日は達規のマンションに着いてしまって。次の日は、二人ともその話を持ち出さなかった。 きっとお互いに考え続けていたことは間違いない。ただ考えがまとまらずに口に出せずにいただけだ。 そうしているうちに、想定外のタイミングで、そのときは来てしまったのだった。

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