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#14-2
道順も覚え、白黒のツートンカラーの外観も見慣れた。
今日は夕方からの冷え込みがかなり激しく、来週は雪になるという予報が現実味を帯びてくる。
グレーのチェック柄のマフラーを巻いた達規が寒い寒いと震えていた。
「くっついてもいいぞ」と揶揄ってみたら「うっさい、お前、調子のんな」と脇腹を抓 られた。そういう俺もネックウォーマーを着け、ジャージの下にスウェットを一枚着込んでいる。
雪はチャリが使えなくなるので困る、ちょっと降ってるくらいなら無理矢理乗ることもあるけど。でも福助は雪の中の散歩が好きですげー喜ぶ。白い息を吐き出しながら、そんな話をした。
達規は「犬は喜び庭駆け回り、じゃん」と笑ってから「あの歌って『雪やこんこん』じゃなくて『こんこ』って知ってた?」と言った。
いつものようにマンション前のロータリーまでチャリを入れる。
ここに来るのはもう片手では足りない回数になるが、他の住人に出会したことは一度もなかった。
だから少し油断していたのかもしれない。
「腹減った」とぼやきながら達規がチャリを降りた。マフラーでもこもこになったシルエットがアスファルトに躍る。
「何も食ってねえの?」
「んー、いつもは待ってる間におやつ食ってたんだけど、今日は食ってない」
肉まん食いたいなあ、買ってくればよかった。のんびりと言う声を聞きながらロータリーの隅にチャリを停めた。ほんの二、三分のことだから鍵はかけない。
「家に食うもんあんのか」
「まあ、何かはあるから大丈夫。最悪ビスコ食うし」
「ビスコはやめろマジで」
「なんで。ビスコ最強じゃん」
小さくころころ笑いながら外壁を見上げる。何日か前に位置を聞いた達規の家の窓は、今日も黒く黙り込んでいた。
先に歩きだした達規の小柄な背中を、俺は少しの間だけ立ち止まって見つめる。
何気ない会話の中に、達規の“生活”が垣間見えるたび、俺は靴の中に小石が入り込んだみたいな気分になった。
誰もいなくて、深夜まで帰らなくても怒られない。俺には歪に思えるその家の在り方が、達規にとってはずっと前から普通なのだ。
風邪でぶっ倒れた時ですら、安心して眠れる場所ではないのだ。
聳え立つ白黒のそれが、そう思った途端、達規を閉じこめるための牢獄に見えた。
自らそこへ帰っていこうとする達規を、慌てて追おうとした、そのときだった。
不意にエントランスから黒い人影が現れた。
電池が切れた玩具の人形のように、達規が不自然な形で足を止める。
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