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#14-3

屋内から漏れる照明で逆光になって初め見えなかった顔は、ゆったりとした足取りで近づいてくるにつれ、徐々に明瞭になった。 黒いジャケット越しにもわかる均整のとれた長身。ウェーブがかった柔らかそうな髪が夜風に揺らされ、うねる影をつくる。 やや面長の端整な顔に、あのコーヒーショップで初めて見たときのような笑みは欠片もなく。 ぞっとするような無表情はマネキンを思わせた。 硬い靴音を響かせながら、保科は真っ直ぐ達規に歩み寄った。俺が達規を呼ぼうとするより早く、 「悠斗」 寒々しい空気を低い声が揺らす。 怒鳴られたわけでもないのに、達規の肩がびくっと跳ねた。 「どこ行ってたの。何日も」 皮肉っぽく言いながら、保科の手が達規の細い右腕を掴んだ。 達規は半歩後ずさるが、捕らわれてしまってからでは遅い。強く腕を引かれ、僅かによろめく。 「俺怒ってるんだけど」 細身の見かけによらず力があるらしい。掴まれた腕を振り払えずに、達規が顔を歪める。痛い、と小さく呻く声がここまで届いた。 保科はそれには構いもしない。全ての感情を覆い隠したような目で達規を見下ろしている。 達規が子供のように小さく見えたのは、決して身長差のためだけではないだろう。 その光景に、俺の腹の底からぐらぐらと湧き上がってきた感情は、怒りを超えて殺意に近かった。 「おい、離せ」 自分で思ったよりも低くドスのきいた声が出て、保科はゆっくりと視線を俺に向けた。今初めて存在に気づいたとでもいうように、鬱陶しげに。 まるで蠅にでも向けるそれだ。 蛇のような双眸が冷たく俺を見据えている。 氷柱の先端を喉元に突きつけられる心地に、不覚にも一瞬、背筋が凍った。 保科は唇を開くと、静謐でありながら有無を言わせぬ高圧的な強さをもつ、支配者にしか出せない声を出した。 「この子、俺のだから。返して」 保科の隣で、達規がさらに身を硬くする。怯えの滲む目を移ろわせ、薄い唇を噛みしめている。 そんな顔をさせている元凶たるその男に、殴りかかりたいほどの憎悪を覚えた。 きつく拳を握り、今にも火柱をあげそうな感情を押さえこむ。キレたら負けだと思った。腹の底から声を絞り出す。 「達規はモノじゃねえ」 「うるさい。俺以外を選ぶなんて許さない」 「選ぶのは達規だろ」 声が震えそうだ。 ムカつきすぎて。 達規はこいつのことが怖くて、おそらく刷り込みに似たそれは、今だって動けなくなるほどの呪いじみた効力で。 それでも、ちゃんと自分で直接会って話す、と言ったのだ。俺はそれを貴いと思った。 それなのにこいつは。 返せだの許さないだの、達規を何だと思ってる。

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