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#14-4
保科は俺の言葉に短く鼻で笑い、掴んだ達規の腕を軽く引いた。
「悠斗は自分で選んだんだよ。望んで俺といたんだ」
確信に満ちた声が真っ直ぐな弾道で放たれる。やっぱり支配者だ、それも常に場を支配しようとする独裁者のような男だ。本能的にそう感じた。
血が昇った頭に触れる外気の冷たさ。それすらこいつが操っているのではと思えてきて、この上なく不快だった。
「君のことが羨ましいだけ。君は悠斗の欲しかったものを全部持ってるから」
その目に達規への憐れみさえ浮かべながらも、視線は決して俺から外さないまま。奴が銃口を向けているのはあくまで俺だ。
全部をわかっているような目が、声がムカついてたまらない。握った拳にひどく汗が滲む。目眩に似た気持ち悪さで視界がグラついてくる。
保科は低く吐き捨てた。
「君といたって手に入るわけじゃないのに」
昏く細められた蛇の目に、胸がざわつく。心臓の周りを這い回られるようなおぞましさ。
これが、達規をずっと縛っている男だ。
達規の孤独につけこんで、逃げられないよう呪いをかけて、自由を奪っている――それを肌で感じながら、保科の横で動かないままの達規を見遣る。
達規は掴まれた右腕だけを操り人形のように力なく差し出しながら、俯いて立っていた。細い体躯が今にも崩れて風にさらわれてしまいそうだ。
達規がそんなにも弱く、頼りなく見えたのは初めてだった。
伏せられた目に浮かんでいるのは悲痛なほどの諦念で、それが何よりも雄弁に、保科の言葉の正しさを物語っている。
正しいからこそ抉られるのだ。
達規はきっとこれまでも、こうやってこいつに傷つけられてきた。
達規の欲しかったもの。
俺のそれとあまりに違う、達規の日常。達規の世界。
耳元で激しく血潮の巡る音がしていた。深夜のテレビの砂嵐のようなノイズだ。
達規の家のドアを思い出す。その向こうに伸びた真っ暗な廊下、ドアノブを握る細い指。帰りたくないと言ったときの横顔とか、福助とじゃれていたときの笑顔とか。コマ送りのように次々と脳裏に浮かんで。
――違うから何だと言うのだ。
再び保科を睨み返す。
そんなことは、もう、とうに考え尽くした。
「関係ねえんだよ、そんなの」
口を開いて、そのまま言葉が溢れそうになるのを、慎重に堰き止めた。
キレたら負け。注意深く静かに肺を膨らませる。
「じゃあお前は何なんだよ。達規を救ってやってるとでも思ってんのか」
縛りつけて支配することが救いだと本気で思っているとしたら、とんだ傲慢だ。達規が望んだのは少なくともそんなことじゃない。それだけは確信的にわかった。
一層冷ややかな瞳が、刃物のような視線を振りかざしてくる。
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