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#14-5

「悠斗に必要なのは君じゃない」 「お前が決めんな」 「君こそ何も知らないくせに」 冷徹そのものだった保科の声に、初めて小さな波が立った。 「悠斗のことも、……何も、知らないくせに」 達規が保科の顔を見上げる。造り物じみた無表情が崩れ始めたのを、戸惑いと迷いを浮かべて見つめている。 俺の耳元で鳴っていたノイズが、徐々に薄らいでいくのを感じた。 確かにこいつは俺の知らない達規を知っているんだろう。俺よりずっと達規のことを理解しているんだろう。今までと、今、そうだとしても。 これからには関係のないことだ。 俺は大きく息を吸う。 「思い上がってんじゃねえぞ。達規が、じゃなくて、お前が達規を必要なだけなんじゃねえのか」 達規が弾かれたようにこっちを向くのがわかったが、俺は保科から目を逸らさない。 睨み合った氷のような瞳の奥に、炎が燃えているのがようやく見えた。 その正体は、俺への敵意と、達規への執着。 悪魔か何かにも思えた保科が、俺の中でただの人間になった瞬間だった。 「お前は達規に何もできない」 ゆっくりと一歩前に足を踏み出すと、保科の顔色が変わった。 掴んだままの達規の腕を引く。俺から隠そうとでもするかのように。しかし達規は、今度はよろめかなかった。大きく目を見開いて俺を見つめている。 そのままこっち見とけ、と思った。 そんな奴に、そんな顔、させられんな。 「達規の未来はお前のもんにはならない」 迷いなく距離を詰めていく。保科の唇から白い息がひとつ、浅く吐き出される。 もう一歩近づいて手を伸ばせば達規に届く。 ついさっき自分で口にした言葉が脳裏に響いた。 選ぶのは、達規だ。 足を止める。 「こいつはこれから俺と恋愛すんだよ。邪魔すんな」 そう言った次の数秒間は、夜風が突然強く吹き抜けたかのようだった。 達規は保科の手を振り払うと、顔をくしゃくしゃに歪めて駆けてきた。僅か二メートル程の距離は一瞬にしてゼロになり、でも、それはスローモーションのように見えた。 伸ばされた達規の手が、じっとりと汗ばんだ俺の手を掴む。外気に曝されて冷えるのを感じる間もなく、勢いのままに引きずられて、俺たちはその場から走り出した。 つい数分前にチャリで抜けてきたロータリーを脇目も振らず突っ切る。 保科は追っては来なかった。その場に立ち尽くして、目で追うことすらしなかった。 達規に手を引かれる形で、閑静な住宅街を走り抜ける。路地をいくつか過ぎて。 驚くほど人影がなかった。祭りの日にも同じように走ったのを思い出す。 あのときは女子たちから逃げて、二人きりになって。そうだ、かき氷屋を探し歩いて、それから花火を見たのだ。達規は白いTシャツを着ていた。そんなどうでもいいことばかり浮かぶ。 ほんの四ヶ月前のことなのに、あれからずいぶん遠くまで来たような気がする。 「達規」 立ち止まる気配がないので名前を呼んだ。 「おい、どこまで行くんだよ」 するとようやく達規は足を止めた。歩道のない細い十字路の真ん中。小さな街灯がひとつ、心許なくその場を照らしている。

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