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#14-7

夕方四時はまだギリギリ薄明るかった。 俺は福助を連れ、ガードレールに凭れて達規を待っている。 日曜が終わりのひとときに差し掛かる時間帯、通行人も車の行き来も多い住宅地の拓けた一角。 本当ならもっと明るい昼間に決行したかったが、俺の部活が比較的早く終わる今日しかチャンスはなかったのだ。 達規は今、保科の家に行っている。 十五分で戻らなかったら俺が乗り込むことになっている。 角を曲がったらすぐそこ、あの白黒のマンションの三〇二号室。場合によっては警察を呼ぶことも辞さない。そういう約束だ。 一分と間を置かずにスマホで時間を確かめてしまう、さっきからそれの繰り返しだった。 もう十分経った。胃がムカムカする。 落ち着いてじっとしていられず、ガードレールから腰を上げうろうろと歩き回る俺を、福助が追いながら不思議そうに見上げてくる。 やっぱり行かせなきゃよかった。その気持ちが捨てきれない。あの晩、保科を前に動けなくなっていた姿がちらつく。 それでも、たぶん、俺が何をどう言ったところで、達規は引き下がらなかっただろう。それがわかったから譲歩した結果の、十五分だ。 「あんなに怖かったのに、今はそうでもないんよ。なんでかな、って考えたのね」 数日前、穏やかに晴れた顔で言った達規を思い出す。 「俺が怖かったんは、あの人じゃなくて、あの人に捨てられることだったのかもしんないなあ」 だから今はもう怖くないのかも。少し目を伏せて微笑みながらそんなふうに言われたら、行かせないわけにいかないだろうが。 仕方ない。 達規にとって、あいつと過ごした数年間は、蓋をして忘れてしまえばいいものではないということだ。 そこにはきっと俺には計り知れない、知り得ない様々な感情と葛藤がある。 きっちりと自分で清算しようとしている達規を、俺が止めるのは筋違いな気がした。 が、それとこれとは別だ。 この十五分、たった今残り四分になった、この時間を過ごしながら俺が募らせている心配と苛立ちは、割り切って耐えられるものではない。 十五分と決めたはいいが、一分一秒でも早く戻ってきてほしかった。あいつのところにいると思うだけで、腸が煮えくり返る心地だ。 気を紛らわそうとして福助を撫でても、ほとんど効果がない。垂れ下がった舌を眺めて時間の経過を数える。あと三分、二分。空は刻一刻と夕焼けの色に染まっていく。 そして達規は戻ってこないまま、ついに約束した時間まで残り一分を切った。立ち上がるついでに何度か屈伸し、リードを握り直す。 「福助。もしあいつが達規のこと泣かしてたり、嫌がることしてたら、全力で咬みにいけよ。俺が許すからな」 通じているのかいないのか、尻尾をぱたぱたと振っている福助にそう言い含めると、俺は歩き出した。 ちょっとフライングなのはわかっているが、もう限界だ。時間ぴったりに突入できるようスタンバイすることにする。五分前行動じゃないだけ誉めてほしい。 角を曲がった瞬間、目の前に茶髪頭が現れた。いつも通りの軽い口調で「ただいま」と言うと、達規は片手をひらりと振った。

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