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#14-8

「あれ、そんな時間ギリだった?」 「……一分前行動」 「はは。先走ってんな」 いとも自然な流れでしゃがみこんだ達規は、拍子抜けするほど平然としていた。飛びつく福助を受け止め、顔を舐められてけらけら笑っている。 予想とかけ離れたその様子に、思わず「大丈夫だったのかよ」と尋ねた。達規はあっさり頷く。 「うん、全然だいじょーぶ、もーまんたい」 「……あっそ」 深刻さの欠片も感じさせない返事に力が抜けた。 心配し損か。杞憂ってやつか。何もなくて良かったのは間違いないのに、なんか釈然としない。 そんなことを思いながらぼんやり立っていたら、達規がこっちを見上げてきた。 福助をもふもふ撫でる手はそのままに、小首を傾げてどこか遠い目をして微笑む。 「ちゃんと聞いてくれたから、もう、大丈夫」 それは少し寂しげにも見える表情で、俺は今度こそ何も言えなくなった。 結局のところ、保科のことを俺は何も知らないままだ。別にそれでいい。知りたいとも思わない。 達規はあいつから離れることを選んだ。どんな経緯があろうと、俺に関係あるのはその事実だけだ。 だから、あいつのことになると達規がいろんな顔をするのは心底面白くないが、飲み込むことにした。 今、俺の前では笑っている。ずっと纏っていた膜を取り去った達規は少し幼い。それを知れただけでいい。 「で、今日どうする」 やがて立ち上がった達規にそう投げかけると、ジャケットについた福助の毛を摘まんで取りながら「うーん」と唸った。 保科との話が拗れた場合を考えて、今日は達規がうちに泊まれるように根回しをしてあった。 うちの親にも言ってあるし、明日はうちから直に登校できるよう、着替えや荷物も準備してある。 この様子なら必要はなさそうだが、達規次第だ。そう思って聞いたのに。 達規は少し考えるような素振りをしてみせたあとで、悪戯っぽく吊り目を輝かせた。 「泊まってほしい?」 わざとらしく声を潜めて言いながら、意味ありげににや、と笑う。 暗示されているものがわからないほどガキじゃないが、乗っかるだけの下心があったわけでもないので、不意を突かれた俺は一瞬固まった。そして溜め息。 「……あのな、そういう意味で言ってんじゃねえぞ、俺は」 「そういう意味ってどーゆーイミ?」 「怒るぞ」 少し眉を下げて、達規は困ったように笑った。「ヤダ。怒んないで」と言ってから再び考え込んで、数秒の後に答えを出した。 「今日はやめとく」 「そうかよ」 「うん。ありがと」 いつの間にか夕焼けに染まりきっていた空は、舞台の幕を下ろすように、高い位置から紺碧に滲んでいく。沈む間際の太陽の赤橙色が、並ぶ家並みにも達規の顔にも投げかけられていた。 「けど」 達規はほんの少し俯き気味になって俺を見上げた。茶色い髪にも夕日が跳ね返っている。 開いた唇を言いにくそうに一度閉じて、たっぷり逡巡したあとで何を言うのかと思えば、 「……もうちょっと一緒にいてくれん?」 呟かれたのはたったそれだけ。 俺が頷くと、達規は途端に目を泳がせて、挙げ句ぷいっとそっぽを向いてしまった。その横顔が耳まで赤いのは、どうやら夕日のせいだけではないらしかった。 長い影が伸びるその足下に、福助がじゃれついて尻尾を振りたくっている。 「泊まってほしい?」は平然と言えるくせに、これは恥ずかしいのか。普通逆じゃねえか、と思いながら、その顔をまじまじと眺める。 「お前の照れるポイントがわかんねえ」 率直な感想を述べたところ、達規は目を逸らしたまま「うっせ」と唇をひん曲げた。

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