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第3話

 ***  二十三時、携帯が鳴る。  液晶画面を見なくてもわかる。相手は雅。 「もしもし?」  明日の予習を兼ねて勉強していた俺は椅子から立ち上がる。 「椎名? 寝てた?」  まだ俺が起きてるって知ってて電話してきているのを俺は勿論知っている。 「起きてたよ」 「家、行っていい?」 「今どこ?」  聞かなくても居場所はわかる。  雅が電話をかけてくる時はいつも決まって、うちの家のドアの前だから。 「椎名んち」  だけどすぐにはドアは開けない。少しだけドアの前で焦らす。  これは駆け引き。どちらが立場が上かをわからせる為の。  電話を切って、一呼吸置いてから鍵を開ける。 「椎名」  頼りなく笑う雅は学校で見せるヘラヘラした顔とは全然違う。  雅を中に入れると、嫌な臭いがした。  女物の香水とタバコと酒の混じった臭い。 「椎名」  不意に玄関口で後ろから抱きしめられた。 「雅、臭い。風呂入ってきて」 「うん」  俺から離れると雅は風呂場へ向かう。  雅がうちに来る時は寝床が無い時だ。雅は自分の家では絶対、寝ない。寝られないんだ。  俺の知らない誰かと一晩を共にしている時がほとんど。  うちに来る時はその相手がいない時。  愛情不足の雅は誰かと一緒じゃないと夜を過ごせない。そして夜通し眠らずに過ごす。  どこかの店で大して強くない酒を飲んだり、朝まで悪い仲間とカラオケに行ったり、明るくなるまで下らない事をして過ごす。  雅は見た目が派手でモテるからその気になれば泊めてくれる女の人はたくさんいる。けれどそれにはどうしても身体の関係がつきまとう。  母親が男に依存して生きてきたのを見てきた雅は、女性とのそれを極端に嫌がる。  朝まで過ごす仲間がいない時に仕方なしに女の人の所に泊まったりするけれど、俺はあまりそれが好きじゃない。何より、俺の知らない香水の臭いをさせてうちに来る事が酷く気持ち悪い。  だからうちに来る時は最初に風呂に入ってもらう。外でつけてきた嫌な臭いを洗い流す為に。  結局、夜通し時間を潰したって雅はここに戻ってくる。  だって雅が安心して眠れるのは、明るい昼間。  或いは、俺の傍だけ。

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