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第9話

『駆け落ちしよう!!』 夏樹に両手を握られて、そう言われた時。 軽く告げられたその口調とは裏腹に、瞳は真剣で。 切羽詰まっていて。 僕の両手を握った手は冷たく震えていて。 僕は。 αが……βが……Ωが……。 とか。 家族が………。 とか。 学校が。 とか。 色々な事が頭の中に浮かんだけど。 それらは全て、僕の頭の中から消え去った。 無意識に夏樹の手を握り返して夏樹に応えようと口を開いた。 その時。 「…兄貴!!」 「………雄馬?」 僕が家を出る時はまだ、ゆっくりと朝食を食べていた雄馬が僕を見つけて走ってくる。 「これ、体操服。忘れて………」 雄馬は手を伸ばし、言葉を途中で途切れさせ、走り寄ってきていた足も不意に止めて立ち止まった。 その視線は、僕達の繋いでいる手に注がれている。 あまり驚いていないようだった。 雄馬は僕と夏樹が繋いでいる手を見て、事情を察したのか。 たぶん、僕の部屋でΩの香りに気付いた時にある程度は予想していたのだろう。 雄馬の哀れむような瞳がその事を物語っている。 「………雄馬……」 それだけで何か悟ったのか。 僕が何かを言う前に、雄馬は口を開く。 「分かった。オレが何とかする」 そう言った雄馬の瞳は強い意志を秘めて、輝いていた。 -それからの雄馬の行動は速かった。 ただ、自分が全てを準備するまでは普通に生活をしていてくれと言われ、僕は雄馬を信じて頷いた。 -αとはいえ、ただのβ家庭で僕の弟である雄馬にいったい、どんなコネとツテがあったのか………。 それから数日と経たず、雄馬は本当に僕と雄馬を連れ出してくれた。 街から大分離れた外れに木造のアパートを見つけてくれ、高校を卒業していない僕にアルバイト先まで用意してくれた。 僕の家はともかく、夏樹の実家である疾風家が何も言ってこない事が不気味だったが、しばらくは何も考えずこの幸せを満喫しようと思った。 (これは雄馬がくれた、幸せの時間だから…つかの間の…) -この幸せはきっと、長くは続かない。 最初から、覚悟はしていた。

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