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犬の檻1

   「………う」 犬塚は低く呻き、ゆっくりと目を開いた。 胎児のように丸くなっていた体をごろりと仰向けにして、ぼんやりと天井を見上げた。視界を遮るように格子状のようなものがあった。 顔を横に向けると左右にも鈍い銀色の格子が見える。 まるで檻の中だ……。 『お前の為に檻を用意した』あの男は確かそう言った。 脳裏に竜蛇の声が甦り、犬塚の意識が一気に覚醒した。 もがくようにして起き上がり、野生の獣のように伏せになって確認するようにざっと周囲を見回す。 犬塚は全裸で檻の中にいた。 随分狭い部屋だ。ワンルームよりも狭く、何も無い白い部屋だった。 中央に置かれた、虎か豹でも閉じ込めておくような檻の中に犬塚は閉じ込められていた。 膝立ちになれるくらいの高さで、ぎりぎり仰向けに寝そべる事ができるくらいだった。 「………っ!」 思い出したように犬塚は首輪に触れ、外されていないことに安堵した。 犬塚が身につけているのはブランカがくれたこの首輪だけだった。 まだ竜蛇に噛まれてはいない。 だが状況は最悪だ。 犬塚が格子を掴んで揺らしていると、カチャリとドアか開いた。 犬塚は全身に緊張を走らせてドアの方を見た。 「おはよう、犬塚。一日中眠っていたから、もう夜だけどね」 いつものように微笑を浮かべた竜蛇が部屋に入ってきた。 「竜蛇!」 殺意をあらわに睨み付けられても竜蛇は笑みを深めただけだ。竜蛇はゆっくりと檻の周りを歩き、中の犬塚を舐めるように見ていた。 「これは何の真似だ?」 「お前のための檻だ」 「ふざけるな!! ここから出せ!」 「まだ駄目だ」    カッとなった犬塚は格子の隙間から腕を伸ばし竜蛇に掴みかかろうとしたが、ひょいと避けられた。 「殺してやるッ!」 竜蛇はその言葉にゾクゾクする。反抗的な犬を調教し、泣かせる行為を想像するとたまらなく高揚するのだ。 竜蛇は膝をつき、犬塚の腕を掴んで強く引いた。犬塚の体が格子にぶつかり、ガチッと不快な音を立てた。 「あっ! 離せッ!」 ギリギリと強く腕を引き寄せ、苦痛に歪む犬塚の顔を堪能しながら竜蛇は話を続けた。 「その首輪、外そうとしたが鍵穴が無い。それに肌にフィットしていて、切断するにはお前の肌に傷をつける事になる」 これは鍵の無い特殊な首輪だ。首輪を外すには前の継ぎ目に親指で触れて右にスライドさせ、次は縦になぞって……と、からくり箱のように決まった手順で触れる必要がある。 薄いが頑丈な素材で出来ており、切断するのにも時間がかかる。犬塚の肌を傷付けずに切断する事は不可能だった。 「これ以上お前の体に傷を残す気は無い」 竜蛇は犬塚の裸身を舐めるように見た。犬塚の体には細かな傷が無数にある。仕事で負った傷がほとんどだが…… 「お前が痛いのが好きな事は知っているが、その肌に残るような傷をつくることは許さない」 犬塚は隠しているが、彼は痛みや苦痛に快楽を感じている。 犬塚が竜蛇を嫌悪するのは、竜蛇が愛する者を責め苛むのが好きな男だからだ。犬塚のひた隠しにしてきた本能に踏み込むことのできる竜蛇を無意識に恐れていた。 「ふ、ふざけるな! お前なんかとは違う!」 「ああ。俺は痛めつける方が好きだ」 「クソ野郎ッ!」 犬塚の黒い瞳が怒りで燃え上がる。 貫くように竜蛇を睨みつけているが逆効果だ。反抗すればするほど竜蛇を喜ばせていた。 竜蛇は犬塚の腕を離して立ち上がった。 「お前と遊んでいて仕事が溜まっている。須藤に怒られたよ。仕事を片付けるまで、ここで良い子に待っていろ」 勝手な言い草に犬塚はカッとして叫んだ。 「出せ!! お前の悪趣味に付き合う気は無いッ!」 「良い子にしていろ」 「竜蛇!!」 竜蛇はふっと笑って部屋を出て行った。 犬塚は一人、殺風景な部屋の檻の中に残されたのだった。

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