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第4話 節分祭と色欲の鬼①

2月3日日曜日――。 ぴりりと冷えた空の下、俺、幡山天心(はたやまてんしん)はある神社の隅にある長机の前に座っていた。 寒い、そして暇だ。 俺の目の前には今、大豆入りの(ます)が山と詰まれている。 今日俺に課せられた仕事は、節分祭目当てにやってくる参拝客たちにこれを売りつけることだった。 15時からの節分祭に向け、境内には徐々に人が集まり始めている。 拝み屋幡山流の十五代目である俺が、なぜ余所の神社でこんな役回りを演じているのか。 それはひとえに経済的な事情だった。 要はアルバイトである。 光熱費のかさむこの季節、日給1万2千円に惹かれてしまったが、この寒空の下に狩衣姿で座らされるとは思わなかった。 コートが欲しい。 ちなみに俺は普段、イケてるスーツを身にまとい拝み屋の仕事に従事している。 それもひとつのブランディング戦略なんだが、こういう場所では古式ゆかしいスタイルがウケるらしい。 この神社の神主は俺の狩衣姿が気に入って、また来年も来いと言っていた。 その時は暖房設備と日給アップを要求する。 そんなことを考えていると、俺のところに参拝客がやってきた。 「すみません、豆まきのお豆ください」 「ひと升500円です」 参拝客から千円札を受け取り、大豆入りの升とおつりの500円玉を返した。 ただの豆だと思うとなかなかがめつい値段設定だが、俺のバイト代も含まれるんだから仕方ない。 とはいえプロの拝み屋としては申し訳ない気もするので、俺から渡す豆には500円分の霊力を込めていた。 だからこの豆には、実際に鬼を払う効力があるはずだ。 「ねえねえ、鬼なんか本当にいるの? こんなに人が大勢いる場所に」 聞き覚えのある声に顔を上げると、次の客は幼なじみの志童(しどう)だった。 「なんで志童がいるんだよ……」 「天心の狩衣姿が見たかったから」 狩衣を着せられているという愚痴を、さっきスマホからこいつに送ったのは俺だった。 犬神憑きの志童は、常人には見えない尻尾をぶんぶんと振っている。 犬よりデカい、人としても結構デカいこいつが尻尾を振ると、それだけで周囲の気温が1、2度上がった気がした。 「ねえねえ、立って見せてよ! 写真撮りたい」 志童が俺の座っているパイプ椅子の後ろまで回り込んでくる。 「見せモンじゃねえ」 「客商売でしょ?」 「お前は客じゃねえだろ」 「えー、お豆買うからさあ」 財布を出そうとする志童を止め、俺は仕方なく狩衣姿で立ち上がった。 「うっわ! 可愛い、カッコいい! 映画に出てくる人みたい!」 「見るだけだ、写真はやめろ」 「じゃあ結婚して?」 「しど……男同士は結婚できないって、何度言ったら分かるんだ」 周りの視線が気になって、俺は慌てて座り直す。 「分かってても言いたくなるよ、天心めっちゃ可愛いんだもん!」 正直こいつには、愛されすぎて困っていた。 <5話へ続く>

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