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第5話 節分祭と色欲の鬼②
「でさあ、鬼の話だけど本当にいるの?」
境内で売っている甘酒を飲みながら、志童が俺に聞いてきた。
俺のバイトが終わるまで、こいつはこの辺でブラブラするつもりらしい。
「あのなあ、鬼は犬神よりずっとメジャーな物の怪だぞ? その辺にいくらでもいる」
「その辺って?」
俺の言葉に、志童はきょろきょろと境内を見回した。
「鬼っていう存在は人に憑くことが多いんだ。そして人に憑くタイプの鬼はそんな凶暴でもなくて、人は知らず知らずのうちに鬼と共存しているってわけだな」
鬼なんてありふれているから普段は見ようとも思わないけれど、俺はふと思い立ち霊視を始めた。
「ほら、今お参りしてる赤いコートのおばさん、赤鬼が憑いてるな。赤鬼は強欲の象徴だ」
「へえ……! 何をお願いしてるんだろ」
志童の視線がおばさんの後を追いかけた。
「それからそれから?」
「それから……向こうにいるカップルの女の方。黒い鬼が憑いてる。黒鬼は疑心に引き寄せられる」
「疑心ってことは、あの2人の間に何かあったのかな?」
「さあ、一緒にいればいろいろあんだろ。俺は興味ないけど」
いい加減に答える俺に、志童が続けて聞く。
「他にはどんな鬼がいるの?」
「他には、不健康の象徴だっていう緑の鬼とか、過去に縛られる黄色い鬼とか」
「どれもあんまりいいことなさそうな鬼だよね?」
「だな。そのうえ人に憑く鬼は、人から人へ感染する。それもあって、みんなまとめて祓っておくのがテッパンだ。今日はそのための節分だな」
理屈的にはそうなっている。
この神社の節分祭に、どの程度の効力があるのか俺は知らないが。
「なるほどねー」
俺の説明に、志童は瞳を輝かせていた。
そこで何気なく霊視している目を上げると、志童の頭の上に桃色の鬼が見える。
「あっ……」
「ん、どうしたの? 天心」
「ああいや……」
桃色の鬼は色欲の象徴である。
若い男にこいつが憑いていることは、珍しくもなんともなかった。
ただ厄介なことに、桃色の鬼は舌なめずりして俺を見ている。
(めっちゃサカってるじゃねーか、分かりやすいっつーかなんつーか……)
自分がターゲットなら、安易にこの鬼を刺激しない方がいい。
(ここのバイトが済んだら、この面倒そうな鬼を祓わなきゃな……)
ぶるりと身震いし、俺は桃色の鬼から目を逸らした。
そうして鬼の霊視をやめようとしていた時。
(あいつ結構ヤバいやつなんじゃ!?)
憎悪の象徴である青鬼が視界に飛び込んできて、俺は反射的に椅子から腰を上げた。
他の鬼と違い、青鬼は危険な存在である。
憎悪という感情そのものが、もともと攻撃的なものだからだ。
それを青鬼が膨れあがらせたら、憑かれた人間は過ちを犯しかねない。
青鬼に憑かれている男は「くそっ」とか「殺してやる」とか口走りながら、神社の外へと歩いていった。
あれはどう見ても普通の状態じゃない。
ちょっとした刺激で憎悪が爆発してしまうかもしれなかった。
「志童悪い、ここを頼む! この中に豆の売り上げ金が入ってるから!」
「ええっ!? 何急に」
「本業の方の野暮用だ!」
俺は手持ちの金庫を志童に託し、その場から駆けだした。
<6話へ続く>
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