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第6話 節分祭と色欲の鬼③
狩衣のまま神社を飛び出し、俺はさっき見た男の姿を探す。
けれども節分祭に集まってきた人の波に揉まれ、前へ進むのもやっとだった。
(あいつどこ行った!?)
探そうとする俺の視界を、走ってきた配送トラックが遮る。
参道に並ぶ屋台の匂いと客引きの声が、俺の集中力を削いでいた。
気持ちが焦ってしまう。
(目に頼るな、霊感を研ぎ澄ませ。今日はただのバイトだけど、俺は幡山天心だ!)
心を静め第六感を解放すると、参道から横道に逸れていく男の背中がすっと目に入ってきた。
(見つけた!)
人ごみを掻き分け男を追跡する。
狩衣姿で走る俺を、向かいから来る人たちが驚いた顔で見つめた。
そして俺は人気のない高架下で、ようやく男に追いつく。
「待て! そんな危ないモン背負ってると、あんたも怪我をする!」
「なんだァ、お前は!?」
振り向いた男は、ボサボサの頭に無精髭を生やした中年男だった。
破れかけたロングコートのすそが、重い動きでひるがえる。
その姿は異様に殺気立って見えた。
さっさと鬼を始末しなければ、この男は人を襲いかねない。
「話はあとだ!」
俺は男と鬼に正面から向き合うと、九文字を唱えながら狩衣のそでに手を入れた。
俺の動きに反応し、男がコートのポケットからサバイバルナイフを取り出す。
(やっぱヤバいモン持ってんじゃねーか!)
俺は内心舌打ちしながら、そでの中から節分用の豆を取りだした。
「……皆・陣・烈・在・前! それっ、おにわーそと!!」
振りかぶって思い切り豆を投げる。
霊力を込めた豆が、青鬼に向かってバラバラと飛んでいく。
その白い軌跡で渦が生まれ、飛んでいく豆に加速をつけて青鬼を貫いた。
「グォオォオオ……!」
鬼の雄叫びが大地を震わす。
(よしっ! 効果てきめんだ!)
あらかじめ豆に霊力を込めていたことが大きかった。
豆の力で蜂の巣になった青鬼が消し飛び、ホッとしかけた時――。
「うわああああッ!!」
男がナイフを手に突進してくる。
めちゃくちゃに振り回されるナイフが、俺の着ている狩衣のそでを切り裂いた。
「うおっ、なんてことすんだ! これ借り物なんだぞ!?」
言っても男には通じない。
青鬼は祓ったはずなのに、男の中に蓄積した憎悪はまだ消えていなかった。
(ちょ、これ……どうすんだ!? 人間相手に力はふるえない!)
俺はじりじりと、高架下の暗い壁に追い詰められていた。
高架の上を通る車の走行音が、不気味に耳を侵食する。
「――ヒッ!?」
顔のすぐ横の壁面に、ナイフの先が突き刺さった。
(殺される!)
本気でそう思った瞬間――。
振りかぶった男のナイフが、不自然にそこで止まった。
(……え!?)
息を呑み、俺は男の手元を凝視する。
別の大きな手が、後ろからナイフの根元をつかんでいた。
「――ッ、志童!?」
つらそうに奥歯を噛みしめる志童の顔。
ナイフをつかむ手元から、ひと筋の赤い血がしたたった。
「天心、早くっ、逃げ……」
「……!」
俺が飛び退くと志童はナイフを離し、男が前のめりに倒れ込む。
その背中に志童がひじ打ちを食らわせた。
「ぐわっ!」
男の手からナイフが離れ、俺がそれを拾いあげる。
「天心、無事!?」
「それより志童、お前の手!」
倒れる男をそのままに、俺は志童に駆け寄った――。
<7話へ続く>
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