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第9話 虹色の時間

「イチゴでしょ、メロンでしょ、それからレモンにオレンジにブルーハワイ」 志童がかき氷屋の看板を見ながら指を折る。 「ねえねえ、天心はどれにする? これだけあると迷うよね?」 「俺のことはいいから早く決めろよ、お前がそこ立ってると暑苦しいわ」 後ろに並んでいる俺は、身長180オーバーの大男を見上げため息をついた。 出先からの帰り、たまたま駅前公園でかき氷屋の屋台を見つけた俺たちは、休憩がてら涼を取ろうと屋台に並んでいるのだ。 かき氷屋のオヤジが注文を待ちかねたのか俺を見る。 「ブルーハワイひとつ!」 俺は前に並んでいる志童をすっ飛ばして注文を済ませた。 「え、天心はブルーハワイ? 意外なとこ行ったね?」 「どれでも一緒だろ。ホンモノの果物が入ってるわけじゃあるまいし」 俺としては、冷たいものを口にできればそれでいい。 「一緒な訳ないよー! っていうか、そもそもブルーハワイは果物じゃないからね?」 「そんなことは分かってる……」 「そういえばハワイにもブルーハワイってあるのかなあ? ググったらわかるかな?」 「おーい、シロップ選ぶのにその情報必要か?」 「もしかしたら重要な新事実が……」 「ないだろう」 「調べてみないとわかんないよ!」 いい大人が、かき氷のシロップ選びになんでここまで真剣なのか。 ちなみに俺たちは、成人してもう2年も経っている。 オヤジがブルーハワイのかき氷を作り終えたので、俺はそれを受け取り、志童を置いて日陰のベンチに座った。 それから少しして、志童が肩を落として歩いてくる。 「どうした? かき氷、買えたんだろ?」 やつの手には俺のと同じ発泡スチロールのカップが握られているが……。 「それがさあ、虹色になるかと思って全部入りにしてもらったら……」 隣に座った志童のカップを覗き込むと、確かにいろんな色が入っているものの、それが混じり合って茶色に近い色になっていた。 オヤジのスキルでは、さすがに虹色の再現は難しかったと見える。 「バカだな、普通にどれかひとつ選べばよかっただろ」 「でも虹色っていいアイデアだと思ったんだよね」 「味は?」 「うーん……甘いけど、なんか微妙」 志童は微妙と言いつつ、ちっちゃなストローの先で真剣にかき氷をすくっていた。 俺はちょっと笑ってしまう。 「それにしても暑いよな~……」 「暑いね」 「もうとっくに立秋が過ぎたのにな」 「そうなの?」 「常識だろ」 「天心はそういうの詳しいよね?」 「志童がバカなだけだ」 「あのさあ、さっきからバカって言いすぎじゃない?」 人のいい志童が珍しくムッとして見せた。 普段は俺の悪態くらい華麗にスルーしてくれるのに。 暑いからか? それともかき氷の虹が失敗したせい? まあ、これだけ暑けりゃ誰だって機嫌くらい悪くなるよな。 こめかみの辺りに汗の浮かんだ志童の横顔を見て考えた。 「そうだ」 先に食べ終わった俺はベンチから立ち上がる。 「ん、どしたの? 天心」 「そこで見てろよ」 公園の水道に差しっぱなしになっていたホースを使い、水流のアーチを作る。 ホースの先を指で潰して水を霧状にすると……。 「えーっ、虹ができてるー!」 志童は目を丸くしたあと、瞳をキラキラと輝かせた。 「天心、すごい! 天才!?」 「ははっ! ちょっとしたコツがあるんだよな」 「俺にもやらせて!」 「ほら、かき氷こぼすぞ?」 いい大人が競い合うように水まきを始める。 2人してバカみたいだけど、それも悪くない夏の日だった――。

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