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第11話 義理と本命

2月のある日。 営業先から事務所に戻ると、バイトで来ていた志童が何やら慌てていた。 「ああっ、天心おかえりー!」 「今なんか隠しただろ!?」 「えっ、なんのこと?」 いま背中で隠したヤツのバッグが空いている。 こいつが馬鹿だってことは知ってたが、本当に分かりやすい。 「志童、あっち向いてほい!」 「!?」 ヤツが横を向いた隙にバッグを奪って中を見た。 「なんだこれ……」 真っ赤なリボンがかかった茶色い箱。 「志童くんへ」と書かれた小さなカードが挟まっている。 そうだ、今日はバレンタインデーだった。 「おま、このっ、浮気者!」 「浮気!? ないない! 無理やり押しつけられただけ!」 「断れよ!」 「ほぼほぼ断ったけど、これだけ勝手にバッグに入れられたんだよ……」 志童は泣きそうな顔で弁解している。 なんでコイツがモテるのか。 俺には理解できないが、きっとこういうところが母性本能をくすぐるんだろう。 いや、普通にしてても明るく健康的ないい男なのかもしれない。 ……ベッドではしつこいけど。 「……なに?」 黙って見ていると、下を向いていた志童が目を上げた。 「……なんでもない」 「ウソだ。じゃあなんで目を逸らすの」 志童のくせに鋭い。 「うるせー! このチョコは俺が没収する!」 カードの挟まったチョコを、俺は自分のデスクにポンと置いた。 「え、いいけど……天心チョコ食べたかったの?」 「そういうことじゃねーよ」 こういうものを突き返すのは相手が可哀想だ。 けどコイツが食べるのも気にくわないから、俺が回収するだけだ。 「っていうか志童、チョコ食べたかったのか?」 ふと聞いてみると、ヤツはソワソワと視線を泳がす。 「えっ、チョコは好きだけど。俺がほしいのはそのチョコじゃなくて……」 「あー、なるほど、分かった。じゃあこれやる」 没収したチョコの代わりに、営業先からもらってきた紙袋を渡した。 中を見て、志童が顔色を変える。 「ええっ、ちょっと待って……これ、全部チョコレート!?」 「たぶんな」 「俺には『断れよ』とか言っといて、自分はガッツリもらってきてるんじゃん!」 「いいんだよ、どれも取引先からの営業的なやつだから」 「いやいや! これとか、めっちゃ本命っぽいの交じってるよ!?」 「え、どれ?」 志童が持っているのを奪おうとすると、その手がさっと離れていった。 「ダメ! 見せない。これは俺が食べる!」 「何怒ってるんだよ……」 「怒ってない、気に入らないだけ!」 志童は怒った顔のまま後ろを向き、包みを乱暴に破いてチョコレートを食べ始める。 ……コイツめ、かわいいな。 「っていうか、俺が食べたいのはこれじゃなくて……。あーもー、天心のばか!」 「……分かった、あとで一緒に買いに行こう」 背中から腰に手を回して伝えると、志童は耳元を赤く染めて頷いた。

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