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第12話 猿の何か

 バイト上がりの別れ際、天心が小さな紙袋を渡してきた。 「志童。これ、この前日光に行った時のお土産」 「えっ、ありがとう!」  面倒くさがり屋の天心が、わざわざお土産を買ってきてくれるなんてめずらしい。 「いや、そんなたいしたものじゃなくて……」  彼は照れくさそうに鼻の頭を搔く。 「天心が俺のために買ってきてくれたんだもん、どんなものでも嬉しいよ!」  俺はその紙袋を大切にしまい、家に帰った。  ところが……。 「え、何これ……」  家でドキドキしながら袋を開けると、中から出てきたのは猿のストラップがひとつ。  驚くほど不細工な猿だった。  猿なのかどうかもあやしい。しわしわの顔がゾンビにも見える。  いや、日光だから猿だよね? きっと……。    俺はしばらく困惑しながら、奇妙な猿を見つめた。 『いや、そんなたいしたものじゃなくて……』  あの時の天心の顔。嫌がらせでこれを寄越してきたようには思えない。  となると、それなりにこれが気に入っているんだろうか。  天心は着るものはおしゃれだけれど、小物のセンスがいいかっていったらそうとも言えなくて。  小学生的なセンスを未だ持ち合わせているのかもしれない。  だとしたら……。  ずいぶん悩んだ結果、俺はその猿のストラップを財布に取り付けることにした。  こんなのつけてたら、友達に何か言われるに違いない。そう考えると気が重かった。  けど、これは愛なんだ! 天心の俺への愛が詰まっていて、そして今、俺の愛が試されている。一種の踏み絵だ。  それで俺はこの奇妙な猿を、無理矢理にでも愛することにした。  *  ところが1週間後。たまたま天心の前で財布を出した時。 「なに、そのヘンな猿……」  財布からぶら下がったストラップを見て、彼は怪訝そうな顔をした。 「これ、天心がお土産にくれた……」 「え……?」 「先週もらった日光のお土産だよ」 「あれとこれがどう関係する?」 「だから、この猿がその……」  どうも話が噛み合わない。  いくらなんでも自分が買ったものを、1週間ちょっとで忘れるものだろうか。  しばらく猿とにらめっこをして、彼は「あっ」と声をあげた。 「思い出した!?」 「いや、思い出したっていうか」 「ん?」 「たぶんこれ、土産屋が間違って……」 「???」 「レジが混んでたから、袋詰めの時に別の客のと入れ違ったんだ」 「へ……ちょっと待って! じゃあこれは天心が俺のために選んだんじゃなくて……」 「んなわけない! さすがにこの猿はないだろう」 「そ……そんな……!!」  思わずひざから崩れ落ちそうになった。  俺の、猿を愛した1週間はなんだったのか。  頑張って自己暗示をかけ、ちょっとは気に入ってきたような気がしたのに。 「……でもまあいいか。志童がそれ気に入ってるなら」  天心はひとりで納得した顔になる。 「気に入ってないって! 俺だってこんなヘンな猿いやだよ!」 「え、じゃあなんでつけてるんだ」 「それは、天心が選んでくれたと思ったから……」 「あのな……、お前はこれが俺のセンスだと思ってたのかよ! 何気にひどくないか?」 「えええ……」  どうして俺が怒られる感じになっているのか。まったく納得がいかない。 「っていうか、天心が選んだお土産ってなんだったの?」 「それは……別にたいしたものじゃなかったんだけど」 「教えて、気になる!」 「にゃんまげのボールペン」 「にゃんまげ……」  そっちも、なんか小学生な感じだけど……。猿よりだいぶマシな気はした。 「……わかった! 今から行ってくる!」 「志童? 行くってどこへ?」 「日光に行って、猿とにゃんまげ取り替えてくるんだよ!」 「待て待てこら!」  天心に笑いながら腕をつかまれる。 「そんなに俺からの土産がほしかったのかよ」 「……ほしいよ……天心、プレゼントとかあんまくれないし……」  ぼやくと背中から抱き寄せられた。  顔は見えないけれど、彼がまだクスクス笑っているのはわかる。 「わかった、じゃあこっちでなんか買ってやる」 「本当に!?」  勢いよく振り向くと、笑いをこらえきれない顔で言われた。 「ああ。猿の何かをな」 「…………」  猿はちょっと嫌だけど、天心が嬉しそうだからまあいいか。  俺はセンスの微妙な恋人に、苦笑に近い笑顔を返した。

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