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第13話 海のお姉さん
その時俺は志童と海岸を歩いていた。
仕事でたまたま来た土地で、海辺に謎の物 の怪 が出るというウワサを聞いたのだ。
だが春先の穏やかな海に、不穏な気配は何もなかった。
「腹減ったな~……。やっぱり早く帰って熊本ラーメン食べようぜ」
ぶらっと砂浜を歩いたところで引き返そうとする。
ところが志童はいつの間にか、向こうの波打ち際にしゃがみこんでいた。
「おい、志童?」
呼べばこっちを振り返るものの、やつはその場を離れようとしない。
「どうした?」
「なんかねー、お姉さんが似顔絵を描いてほしいって」
(お姉さん? ってどこに?)
俺がいるところからは、背の高い志童の背中しか見えない。
「図工も美術も天心の方が成績よかったでしょ」
「いや……俺も通知表3とかだけど……」
「そう言わずに描いてあげてよ」
志童が熱心に言うのでそっちに行ってみると、頭部は鳥、胴は鱗 に覆われた、3本脚の物の怪が海水面に立っている。髪は人間の女みたいに長かった。
「えっ、お姉さんって……コレのこと……?」
内心動揺しながら志童に耳打ちする。
「あ、〝おばさん〟か〝お姉さん〟か分かんなかったから〝お姉さん〟って言っておいた」
「そういう問題じゃなくてだな……」
しかし物の怪からは危険な気配を感じなかった。そんなに悪いものではなさそうだ。
志童がボールペンと、それから観光案内所でもらったチラシの裏紙を寄越してくる。
「はいこれ」
「…………。マジで描くのか」
物の怪が体ごとこっちを向いた。こいつも描いてもらう気満々だ。
仕方なく裏紙にボールペンを走らせる。
「んー、こんなもんか? まあまあ似てるだろ」
1分足らずで描いたものを見せてみるが、物の怪はじっと俺を見つめたまま動こうとしなかった。
「なんだ、納得いかねーのか」
今度は志童が耳打ちしてくる。
「もうちょっと美人に描いてほしいのかも?」
「はァ……!?」
「それくらい気を遣ってあげてもよくない?」
「描いてやっただけありがたいだろ~! なんで俺がそこまでサービスしなきゃいけねーんだ!」
面倒くさいことこの上ないが、乗りかかった船だ。仕方なく似顔絵を描き直す。
「えーと、目はキラキラ、髪はサラサラ……あとはバラの花でも背負わせとくか!」
ほとんどやけくそな絵を見せると、物の怪は静かに頷いた。
『……私の名前はアマビエ。それを人々に見せなさい……』
それだけ言って、そいつは海へ消えていく。
志童がぽつりとつぶやいた。
「行っちゃったね、お姉さん。天心の絵で満足したのかな?」
「それよりなんなんだよ『人々に見せなさい』って。なんのプロモーションだ!」
「さあ。美人に描いてもらえて嬉しかったんじゃないの?」
「なら似顔絵代、請求するんだった……。つーか熊本ラーメン!」
俺は空 きっ腹 を抱えて海岸を引き返す。
絵は観光案内所の掲示板に勝手に貼らせてもらったが、その後どういうわけかその地では、流行っていた感染症がぱったりと途絶えたという。
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