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アパレイユはまだ気がつかない

矢吹海、20歳の大学2年生。心理学専攻。 好きなものはスイーツ。苦手なことは単位を取ること。 大学2年生にしてすでに留年予備軍の俺は、ひとつ上の先輩の八雲さんっていう人に助けを求めることが多いんだけど、ヘルプを出しすぎて俺への当たりが強い。 それでも俺は単位のために、今日も諦めずに八雲さんのところへ向かい、無事に過去問のコピーをとることに成功した。 「それで単位落としたら地獄に逝かせるからな」 「過去最大に圧がすごいね八雲さん」 「お前のために見せてるわけじゃないの、忘れてないよな?」 「ははは、ジョークですよその顔怖すぎ」 八雲さんには男子高校生の南っていう恋人を溺愛しているんだけど、お願い事をするときにこの南を餌にするとすぐ釣れる。 今回は禁煙中の八雲さんが喫煙室で副煙を吸っていたのをたまたま目撃したから、南にチクりますよって脅してみた。 そしたら面白いぐらい苦虫を噛み潰したような顔をしてて、写真を撮って南に見せてやりたいと思った。 睨まれながら八雲さんと別れて、糖分を摂取するためにスイーツ探しをすることに。 腹が減っては戦はできぬっていうしね、勉強をするためにも糖分は欠かせない。 新しい店を開拓するために、勘を頼りにぶらぶらと歩いてたらこじんまりとした喫茶店を見つけた。 お店の名前は“Chez(シェ) pleine lune(プレーヌ・リュンヌ)”って書いてある。満月の庭って意味かな。 スイーツ巡りしてるとフランス語の店名にいっぱい目にするから、なんとなく意味がわかるようになった。 店の外観、よし。 外の掃除も、よし。 メニュー表のデザイン、よし。 店に入る前の俺なりのチェックポイントは全部クリア。 「うん。よさげ」 大学からそんなに離れてないのに、なんで今まで気づかなかったんだろう。これはスイーツ探索を見直す必要がありそうだ。 「いらっしゃいませ」 「うわっ」 ドアを開けたら、バリスタ服を着たメガネイケメンが出迎えてくれて、不意打ちで驚いてしまった。 「すみません、驚かせてしまいましたか?」 「あ、いや…はい、ちょっと」 「正直ですね。席はお好きなところへどうぞ」 店内をぐるりと見回す。 客の入りは1/3ぐらい。談笑してる主婦に、社会人らしき人が数名。落ち着いていていい雰囲気だ。 「迷惑じゃなければカウンター席で」 「珍しい。もちろん大丈夫です。ご案内します」 イケメン店員はカウンター席まで歩いて行って、椅子を少し引いて俺を待つ。 なにここ、フレンチレストラン? 着席までしっかりご案内されて、なんかそわそわしてきてしまった。 イケメン店員に、優雅な仕草でメニュー表を手渡された。 ありがとうございますって言ったらにこっと微笑まれて。俺が女だったら絶対落ちてるなって思いながらメニューを見る。 「おすすめのスイーツって何ですか?」 「フォンダンショコラですね」 「じゃあそれと、アッサムをストレートで」 「かしこまりました」 そういえば今気がついたけど、店員ってこの人しかいないっぽい。 いかにも個人経営ってかんじの落ち着きのある空間で、これはリピ確定だな。 「あの…何か気になるものでも?」 「いい雰囲気だなと思って」 「え……」 「スイーツ巡りが趣味なんだけど、ほんと、いい雰囲気だと思います」 「熱烈ですね。ありがとうございます」 熱烈…。 なんだ?なんかこの人と話してると調子狂う。 例えばこれが幼なじみの昴ってヤツだったら軽口叩けるのに。 胸がざわつくというか、締め付けられるっていうか…。 この時の俺は、これが恋心って気がつくまであと少し時間が必要だった。

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