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一目惚れトランペ
「あ」
店の中から見えたのは、まさに今どきって感じの大学生。
店の様子を伺って、入るかどうか悩んでいる素ぶり。
その挙動が動物的で面白い。ちょっと興味が湧いて、うちの店に入ってほしいって思った。
ドアの前で入店してくるのを待ってみよう。
普段ならこんなことしないのに。そんな自分がおかしくて笑いが零れる。
「いらっしゃいませ」
「うわっ」
入り待ちして声かけたらそりゃ驚くわな。
チャラそうって思ったけど、実際目の前にしたらそうでもなさそうだ。
髪は無造作に見えてちゃんとセットされていて、アッシュグレーに染められている。
服装はストリート系っていうのか…派手になりすぎず綺麗にまとめられていて、それだけでセンスの良さがわかる。
席はどこがいいかと尋ねれば、意外にもカウンター席と言う。
普通、カウンター席って遠慮して常連中の常連ぐらいしか座らないのに。
大学生はカウンター席に座りメニューを注文したあと、きょろきょろと店内を見まわし始めた。
「あの…何か気になるものでも?」
「いい雰囲気だなと思って」
「え……」
「スイーツ巡りが趣味なんだけど、ほんと、いい雰囲気だと思います」
「熱烈ですね。ありがとうございます」
初めて会う人に自分の店のことを褒められて、嬉しくないわけがない。本人は思ったことを言ったつもりなんだろうけど、俺にとっては超がつく褒め言葉だ。
にやけそうになる顔を引き締めて、営業スマイルへ変換した。
もっとこいつのことを知りたいという好奇心が抑えられず、注文したアッサムティーとフォンダンショコラを出したとき、声をかけてしまった。
「初めて来られる方ですよね?」
「はい。たまたま見かけて」
「実は店の中から貴方のことに気づいて、入ってこないかなと見ていました」
「あ、だからお出迎え?」
納得したようにぽんと手を叩く姿は、少し子どもっぽい。
そんな仕草さえおもしろいって感じてしまって、もっと知りたいという欲求がどんどん膨らんでいく。
俺は気になっていた、アッサムをストレートで飲む理由を聞いてみた。アッサムは茶葉の味が濃いから、ミルクティーにして飲むのが一般的だから。
そしたら彼、初めて知ったようで驚いた顔をして。
「物知り」
って真顔で言うから、堪えきれずに声を出して笑ってしまった。そりゃ店開いてるんだからそれぐらいの知識はある。
そう言ったら、またぽんと手を叩いて「あ、そうか」だって。
言うこと全部がいちいちツボで、新しいオモチャを見つけた気分だ。
俺は自分の気持ちに忠実だから、好きだと思ったら女も男も関係ない。邪 な考えだけど、けっこうアリだなって軽い気持ちで思った。
リアクションもいちいち面白くて、フォンダンショコラを食べた時なんかしばらく固まって動かなくなった。
声をかけようとしたら目をキラキラさせて呟くように「うま……」。
こんな素直に感想を言われたことなかったから、俺も素直にありがとうございますって返した。
この時は営業スマイルを保てていなかったかもしれない。
子どもっぽさが垣間見える仕草とか、忙しく変わる表情とか、思ったことを正直に言葉にできるところが好感を持てる。
ていうか、正直見た目がストライク。
話してみたかんじ、ノンケだってことはすぐにわかった。
好みの人間が自分の縄張りに転がり込んできたんだから、この獲物逃すわけにはいかない。
「ここってマスターひとり?」
「休日だけ知り合いに手伝ってもらってます」
「定休日は?」
「月曜日と、毎月第一日曜日です。あとは臨時休業」
「臨時休業のときってここまで来ないとわかりませんよね?」
「そうですね、けっこう突発的に休んだりするので」
「うーん…」
「嬉しい言葉をいただいたお礼に、特別に連絡先交換しますか?そしたら前日に休む連絡ができます」
「え、マジ?いいんですか?」
「もちろん」
俺は事務所に置いてあるスマホを取りに行くと言って、一旦裏に引っ込んだ。
どうしよう、にやけが止まらない。知り合いにこの顔見せたら「悪いこと企んでるだろ」って言われそう。
パンツのポケットに仕舞ってあるスマホを取り出して、にやけていないか顔のチェックをしてからカウンターに戻った。
QRコードで情報を読み取り、こいつの名前が“矢吹海”だということを知る。
「矢吹…うみ?」
「かいの方」
「いい名前ですね」
「マスターは、もちづきえい?」
「はい。望月 英 です」
「マスターもいい名前」
「そのマスターっていう呼び方、慣れていないので名前で呼んでください」
「望月さん?」
「お任せします」
「望月さん」
「はい、矢吹くん」
好みの人間と出会って数十分、相手のフルネームと連絡先の交換まで一気に距離を詰めることができた。上々だ。
ますます逃すわけにはいかないなと微笑みながら思った。
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