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フォンダンショコラの想い
「遅い……」
思わず出てしまった独り言に、客に気づかれないように舌打ちをした。
さっきから時計を何度も確認して、矢吹が来ないかと待っている。
今日は午前中で講義が終わるから、もうこの時間に来てもおかしくない。
最初は好みのタイプっていうだけだったのに、矢吹と話しているうちにだんだんと本気になっていることに気がついた。
もう認めよう、完全に俺の一目惚れだ。
早く来いと内心毒づきながら、こんな乙女思考になってしまった自分に背中が痒 くなる。
必ず手に入れてみせると宣言したものの、正直少し自信がない。
というか、アイツが動物的すぎてあんまり読めない。
連絡先を交換してからの感触は悪くないと思う。だいぶ懐かれている自信もあるし、羨望の眼差しを感じる。
でもそこから恋愛に発展するかと言われたら、返事に困る。
もうここまで来たら押して押して住居スペースになってる2階に引きずり込んでやる。
そう決意したところで、慌ただしく店の扉が開いた。
入口の方を見ると、切羽詰まった顔をした矢吹がいて。
どうやら矢吹は俺に大事な話があるらしい。
引きずり込むならここしかないと思って、俺の仕事が終わるまで2階で待ってもらうことにした。
過去を振り返っても、こんなに早く仕事終われと思ったことは一度もない。
気持ちが逸りすぎて滅多にしないオーダーミスをしてしまったほどだ。
泥のように遅く感じた時間の流れからやっと解放され、矢吹の待つ俺の部屋へ向かった。
「1人で待たせて悪い。何か飲むか?」
「えっ…あ、えっと、も、望月さんと同じものでいい、かな」
「なんでそんなどもってんだよ」
「いや…素の望月さんてけっこうオラついてんだなと…」
「はぁ?」
そういえば、仕事が終わった疲労感と家にいるという安堵感で完全にプライベートモードになってた。
隠してたわけじゃないから別にどうってことない。
むしろ押しに押す心づもりでいるからちょうどいい。
「オラついてるってなんだよ」
「いや〜…ギャップが」
「今はギャップの時代だろ」
「なんか、言い方オッサンぽい」
「まだオッサンじゃねーわ」
これが友人なら拳一発入れてやるところだけど、こんなやり取りでさえ楽しく感じるから一目惚れって怖い。
俺と矢吹のコーヒーを淹れて、角砂糖の入った器と一緒にテーブルに置いた。
今のうちにトイレに行っておこうと思い用を足し、戻ってきたら矢吹は正座をして待っていた。
「そんで、店じゃできない大事な話って?」
「あの……遠回しに言うことができないから、ドストレートに言います」
「わかった」
「俺、望月さんのこと好きです」
「うん……は?」
一瞬自分の耳を疑った。
自分の都合のいいように聞き取ってしまったのかと思ったけど、矢吹の真剣な眼差しが違うと物語っている。
後先考えず俺の店に来て大事な話があると言われ、告白されることを考えなかったわけじゃない。
だけど違う話だろうなと思ってしまったのは、本気で好きだからこそ知らず知らず臆病になっていたのかもしれない。
それなのに矢吹は自分の気持ちに正直で、真っ直ぐで。
俺とは正反対で自分が女々しく感じて笑えてきた。
「ふふ…あははは!」
「な、なに、俺マジなんだけど」
「ああ。わかってる、ごめん。ったく、こういうのは俺から言いたかったんだけど」
「え?」
「俺も好きだよ」
この時の矢吹の顔を写真に収めてずっと見ていたかった。
自分から告白してしたのに、俺も好きだと言ったら鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていて。
矢吹を床に押し倒して、触れるだけのキスをした。
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