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第3話

いつもように店内の控え室で美香にメイクを施してもらい、着物の着付け、ヘアセットをやってもらう。 こうやって別人になるのはとても楽しいが、到底自分じゃできなさそうな技だと素直に大瀬は姉を尊敬した。 それでも最近、口紅は自分で塗れるようになってきた。どうしても喋ったり、飲んだりしていると剥がれてきてしまい、休憩の間に直さなくてはならないのだが、みんな忙しくそんな暇はないため、自ずと不器用ながら自分で塗るようにしたのだ。大きな進歩と言える。 着物も最初は動きにくく、何度も転びそうになってしまったが、今ではもう慣れてしまった。 手には着物の生地と同じに作られた小さめのクラッチバッグを持ち、何人かの女の子と共にフロアにでる。 オーナーである美香もキャストとして働いているが、あまり表立って働くことはせずに女の子をどの席に配置するかの割り振りを行っているため、まず大瀬…ユキは美香の元に向かった。 「おはようございます、美香さん」 「おはよう、ユキ。さっそく5番に指名なしのフリーで入ってる初回のお客様いるから、行ってくれる?一時間後に愛菜と交代で、将様から指名予約入ってるから」 「わかりました」 店内では姉のことはさん付けで呼んでおり、これも中々慣れなかったが今はもうすらりと言えるくらいには馴染んだ。 将というのは毎週必ず指名をしてくれるユキの太客だ。印刷会社の社長をしており、毎回必ずボトルを何本か開けキープしていき、人当たりも良くユキ以外のキャストにも優しく接する大らかな人。 今日は何を話そうか考えながら、フリーで入ったという客の元へと向かった。 「はじめまして、こんばんは。ユキと申します」 端の席に座っていたのは、スーツを着た40代くらいの男性だった。あまりこういったところに来ないのか、どこかそわそわして落ち着きなく周りを見渡しており、ユキが声をかけると驚いたように顔を上げて、そしてユキの美貌に目が釘付けになった。 「お隣、よろしいですか?」 「あっ、あ、はい」 ぼけっとした顔でユキをみる男に、ユキは気に留めることなく微笑んで、了承を得ると隣に腰を下ろした。 「今日はどなたかとご一緒に?」 「あっ、はい。あの、あそこに座ってる人、同僚なんです、けど…紹介で、可愛い子多いからって、あの、誘われて」 「ああ…、村瀬さんのご紹介で。お名前を聞いても?」 「つ、辻 誠(つじ まこと)です…」 「誠さんと呼んでもよろしいですか?」 「あっ、はい…」 男が顔を向けた方には見慣れた男が座っていた。村瀬といい、あまり酒癖がよくなくキャストの間で少し煙たがられているが、直接的な実害がないので今のところ放置されている男だ。 「なにか飲まれます?」 「えっ、あ…な、なんでも」 「じゃあ、私のオススメで」 自分が一番上手く作れる自信があるお酒をチョイスし、グラスに氷を入れてゆっくりとした動作で準備をする。 「…そんなに見つめられると、照れます」 「えっ、あっ、いや…すっすみません、すごく美人で…あの、つい…すみません…」 「ふふ、おもしろい人ですね」 小さく笑みを零せば、誠は顔を真っ赤にして俯いた。その後一時間、ユキは誠の席について世間話をした。 誠はユキよりも口下手ではあったが、必死に話題を作ったり、広めたりしてくれて、酒癖も悪くなく村瀬よりはいい客かなとユキは心の中で判断する。そして愛菜と交代になるところで、このままユキについていてほしいと、以外にも強く主張されたが、ユキが困った顔をしてみせれば名残惜しげに引いた。 控え室で軽く化粧直しをし、次は指名客の元へと足を向ける。 将がいる場所はいつもフロアの中央。一番周りを見渡せて、ユキを他の客に自慢できるからとそこが好きらしい。 いつものようにフロアの中央に行けば、すでに将がそこに鎮座している。ユキは少しフロアの様子が、とくにキャストが色めきだっていることに気づくが、理由を聞けるような空いた相手もおらず将の席へとついたとき、思わず手に持っていたクラッチバッグを床に落としかけた。 「ユキちゃん!今日も可愛いねぇ!あ、今日さ、俺珍しく人連れてきちゃったんだよね。堀田清史郎ってさ〜俺の世話になってる会社に新しく入った営業なんだけど、こいつほんと良い奴でユキちゃんにぜひ紹介したくてさ〜!」 将の隣に座る男の顔と、将が嬉しそうにその男の肩をバンバン叩きながら紹介し、名前を聞いた瞬間思わず目眩がした。 「こんばんは、えっと…はじめまして。ユキさん?」 毎朝見なれた爽やかスマイル。 ユキさんと紡ぐ形のいい唇はいつも、『おはようございます、大瀬さん』と大瀬に…ユキではなく、大瀬に挨拶をしている。 同じ会社の営業部、堀田 清史郎が将の隣に座っていた。

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