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第10話

堀田 清史郎は、久しぶりの恋に浮かれていた。 仕事中に得意先と商談しているときも、友人と居酒屋で飲んでいるときも、家でのんびりテレビをみているときも、考えるのは『ユキ』のこと。 最初は得意先の付き合いで誘われたキャバクラについていったのが始まり。まったく乗り気しなかったが、無下にすることもできずついていった先にいたのが、そう、ユキだった。 黒髪ロングを綺麗に結って、横に流す前髪の下には涼しげで切れ長な瞳と、小さくつんっと尖った鼻に、小さめだが紅く彩られたぷっくりとした唇、一瞬で虜になった。 一目惚れといってもいいだろう。堀田が最後に彼女がいたのは大学二年生のとき。告白をされて、『俺もこの子が好きな気がする』という気持ちで付き合ってみたが、別れ際に言われたことは『清史郎くんって、私の事好きじゃないよね』だった。 その別れ際の台詞は、もう耳にタコだった。この見た目から告白されることが多く、付き合う機会も多かったが毎回振られるのは堀田。そして必ず上記の台詞を告げられる。堀田としては、彼女たちを好きなつもりで付き合っていたのたが、ユキと出会い、今までのは恋は恋じゃなかったと確信した。 会う度会う度に好きになる。 こちらがどれだけアピールをしても、ユキにはさらりと交わされて本気と受け取ってはくれないが、相手は夜に働く女性であり、その中でもトップで美しく、競争率は高い。ユキからしてみれば、大勢いる男性客の一人でしかないだろう。 わかってはいるものの、諦めるという選択肢はなかった。はじめて好きになって、恋に落ちた相手を、易々と諦めるなんて、堀田は到底できない。 もしかしたらすでに恋人がいるかもしれない。 出会ってから一ヶ月くらい経つが、週に一度の少ない時間ではまだまだ彼女のすべてを知ることはできないだろう。 それならもう、時間をかけてでもいいから毎週通って、少しずつでも堀田に興味を持ってもらうしかない。それに、最近は多少打ち解けてきた気がする。 (打ち解けてきたと言えば……) 会社にいる一人の男性を思い出した。 部署が違うが、必ず挨拶して回る部署のひとつにいる、どこか変わった人。大瀬 涼だ。 黒髪ということだけは覚えているが、会って5分後には顔を忘れてしまうくらい特徴のない顔立ちをしている。 フロアの端っこの席で、今まで誰かと喋っている姿を一度も見たことがなく、とくに仕事という仕事をしているわけでもなさそうで、すぐにいわゆる窓際族かと判断した。 とはいえ、挨拶をしない理由にはならないので毎朝必ず席の前まで行って挨拶をしていたが、一度も堀田の顔を見たことがなかった。 伏せている瞳は、意外にもまつ毛が長く、退屈そうにパチンパチンと書類に穴を開けながら、『おはようございます』と無機質に返ってくるだけ。 不思議なことに、たまにユキと大瀬が重なるときがある。 一ミリも似てはいないのだが、伏せた時の瞳とか、かんがえる時に唇を触る癖とか。ときどき、ユキといても大瀬を思い出したり、大瀬といるときもユキを思い出したりする頻度が多かった。 そのせいか、会社にいるときも大瀬を見つけると放っておけなくて、昼ごはんに誘ってしまったりなどしている。 それにいつも資料整理ばかりしているせいか、堀田が欲しい資料をすぐに提供してくれるのは素直にありがたい。上司に聞くと『あーあったと思うけど、ちょっと待って探すからー』と言われ何時間も待たされるのに対して、大瀬は探すことなくたくさんのデータや資料からピンポイントで見つけだし、欲しい分をくれるのだ。その点に関して、すごく助かっている。 頭が悪いわけではなさそうなので、もう少し積極性と、コミニュケーション能力があれば、窓際族から抜けられることもできるだろうに。 余計なお世話であるだろうが、堀田は大瀬に対してそんな事を思う。 「会いたい…」 呟いたところで、どっちに?なんて心の声がどこからか聞こえた。ユキちゃんに決まってる、なんて自問自答し、部屋のベットでそろそろ寝ようかと消灯したところで、スマホがけたたましく鳴った。 こんな夜更けに、一体誰だろうか。 うとうと眠りかけていたところでスマホに手を伸ばし、画面を見たところで堀田は飛び起きるように体を起こした。 「っもしもし!」 「…あの、夜分遅くにすみません。ユキです」 女の子にしては、少し低めだが、落ち着いたしっとりした声が耳に響き、胸が高鳴る。けれど、その声はいつもより焦っているというか、怯えているというか、雰囲気が違った。 「ユキちゃん?どうかした?大丈夫?」 「…った、助けてください!」 その声を聞いた瞬間、俺はスマホを耳に当てたまま頭で考えることなく、体で行動し飛び出すように家を出た。

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