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第11話

堀田に電話をして、場所だけ伝えて、電話を切ってから十分ほど経っただろうか。ドキドキしながらそろそろ声をかけちゃおうかな?なんて思っていた店員は、息を切らしてやってきた男性がユキに近づいて行ったのを見て、ああ彼氏いたのかと残念そうに肩を落とした。 「ユキちゃん!」 「清史郎、さん…」 急いで家を飛び出してきたのか、上下黒のスウェット姿で、髪はいつものキチンとセットされた髪とは比べ物にならないくらいボサボサ。 自分のためにこんなになってまで急いできてくれたのかと思うと、ユキは素直に嬉しかった。と同時に今まで感じていた恐怖がすっとなくなっていくのを感じ、思わずユキは堀田に抱きついた。 「ゆっ!?ユキちゃん…!?」 「すみません…事情は話します。少しだけこうさせてください」 「い、いいけど…」 行く先のない堀田の手が、宙をさまよっていたが、そっとユキの腰を抱きしめるように触れた。そうしていたのはほんの数分、すぐに落ち着きを取り戻したユキによって離れられ、堀田の至福のときは終了する。 「…急にすみませんでした」 「大丈夫、だけど…とりあえずここ出ようか?」 「あっ…はい。あの、外に誰かいませんでしたか?」 申し訳なさそうに俯くユキに、堀田は微笑みかけながら首を振った。そして、場所を変えようとする堀田に、ユキはハッとしたような顔をして外を見た。 「俺が来た時は、誰もいなかったと思うけど…」 「そう、ですか」 ほっとしたように息を吐くユキに、堀田の心臓がどんどん早鐘を打つ。紡ぎたい言葉に、口を少し開いては閉じ、開閉を繰り返し、ユキはそれに気づいて不思議そうに首をかしげた頃、意を決して堀田は言葉を発した。 「ユキちゃん、俺ん家来る?」 ◇ 堀田はバイクで来ていたため、ユキを後ろに乗せて自分の住む一人暮らしのマンションに向かった。一人で帰りたくないし、一人で家にいるのも怖かったユキは、何も考えず二つ返事で答えてしまったが、堀田の部屋に入り、座ってと促された黒のソファに座って、やっと冷静になって考えた。 今の姿は男でなくて女。 女が独身の男の家に行くって…? しかも堀田は間違いなくユキのことが好きである。ユキもそれに気づいてはいる。 一度そんなことを考えてしまうとぐるぐる深く考えてしまいどぎまぎしながらいると、目の前に温かい紅茶が置かれた。少し身だしなみを整えてきた堀田は、ユキの隣に座る。 「あんまり綺麗にしてなくてごめんね」 「いえ…ありがとうございます」 一人暮らしの男と思えないほど片付いている室内は、十分に綺麗である。紅茶の入ったティーカップに口付け一口飲めば、甘すぎない程度に砂糖の入った紅茶が口の中に広がり、癒される。 「それで…何があったか教えてくれる?」 一息ついたところで、気になっていただろう疑問を堀田がユキに問いかけた。ユキは先程のことを思い出し、誠だという確信はないが、包み隠さず事の経緯を話した。客のことを話すのは少し気が引けたが、助けてもらったからには、説明をすべきだろう。 時々相槌を打ちながら、拙く説明するユキの話を静かに聞いていた大瀬は、深い溜息を吐いてユキを横からぎゅうっと抱きしめた。 「っわ!」 「なんともなくてよかった!ケガとかしてなくて、無事で、ほんとに、ほんとよかった…」 きつく抱きしめられながら、堀田はよかったよかったと何度も呟く。その力があまりにも強くて、また、ユキの心臓がばくばくとうるさくなる。 「怖かったよね。でも、ちょっと、っていうか、かなり浮かれてるっていうか、嬉しい」 「う、嬉しい…?」 「だってさ、その怖かったときに、俺に助けを求めてくれたわけでしょ?男の客とか、他にもいると思うのに、あえて俺を選んでくれたことが、すっごく嬉しい。例えたまたま俺だったとしても、それでも嬉しい」 なんでこの人はこんなに、真面目に真剣に想いを伝えることができるのだろう。抱きしめていた堀田が少し離れて、今までにないくらい接近した状態で見つめ合う。 おかしい、おかしい、おかしい! ユキは早く離れろと頭に司令を出した。何度も何度も必死に離れようとはするものの、体が動かない。堀田に見つめられて、石になってしまったように、体が言うことを聞かない。 「……キスしていい?」 家に行くことが決まったとき、頭の隅でこうなってしまうことはわかっていた気がする。それでもそれを考えないようにして、ついていったのはユキだ。 「だ、だめです」 「なんで?俺のこと、嫌い?」 その聞き方はずるいのではないだろうか。ユキは目を伏せて俯いた。唇を噛み締めて、 悔しいことに、悔しいことに、ユキは、大瀬は、 「…っされたら、好きになっちゃいそ、で…っ!」 気づけば顎を捕まれ無理やり顔を上げさせられたと思えば、暖かい感触がユキの唇を塞いでいた。キス、されてる。ユキにとっても、大瀬にとってもファーストキスである。 啄むような可愛らしいキスが、ちゅっ、ちゅ、と何度か繰り返され、抵抗されないことをいいことに、堀田はぬるりと舌を差し込む。 いきなり入ってきた舌にユキはどうしていいかわからず固まっていると、堀田がリードするようにユキの舌を絡めとった。 きもちいい、ユキは素直にそう思ってされるがままに舌を弄ばれる。と、そこで、下半身に熱が集まるのを感じ、そこでハッと我に返って堀田を突き飛ばした。 違う、俺はユキだけど、ユキじゃない。大瀬涼、男で、目の前にいるこの堀田と同じ会社に務める、窓際の、地味な、サラリーマンで、 「っ、か、帰ります!!」 「あっ、ちょ、ユキちゃん!?」 『送ってくから!!』と声がするがユキはそれを無視して部屋を飛び出した。慌てて堀田が追いかけてくるがユキの方が一足先に出たお陰で物陰に急いで隠れて、堀田が外に追いかけて行ったのを見送ってから、バレないようにマンションから少し離れた場所でタクシーを呼び、帰宅した。 「っクソ!焦りすぎた…!」 外に出たときにはもうユキの姿は見当たらなくて、まだ遠くに行ってないはずだと堀田は必死に探すが見当たらない。電話をかけても繋がらない。そこにあった電柱に思わず拳を叩きつけ、唸りながらその場にしゃがみこんだ。

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