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第12話
月曜日、朝いつもの様に挨拶に回ってきた堀田の顔は、…死んでいた。
もうそれはフロアが騒然となるほどに酷い顔だった。『体調悪い?』『早退したら?』なんて声がわんさか聞こえる中、堀田は無理矢理な笑みを作って『大丈夫です』と返しているのを、大瀬は手が震える思いで聞いていた。
逃げ出したあと、スマホには堀田からわんさか着信が鳴った。鳴りやんだと思ったら、次はメッセージ。『無事に帰れた!?』『さっきはいきなりごめん』『驚かせちゃって、本当にごめん』謝罪のメールがたっぷり送られてきた。
家に着いて、それらをひとつひとつ見てったが返信する気にはなれず、とりあえず既読ついてるから、いいかな…なんて思って放置してしまった。
あのまま我に帰らなかったら、今頃大瀬は堀田と致してしまっていたかもしれない。ただそれは、大瀬が、ユキが、本当に女だったら、という話である。
当たり前だが堀田は、ユキを女だと思っていて、女だと思ってキスしているし、女だと思って、ユキを求めている。
あのまま続けていれば、ユキではなく、大瀬だとバレてしまっていただろう。そして幻滅して、さすがのあの優しい堀田も罵倒するに違いない。そう、堀田が必要としているのはユキであって、大瀬ではないのだ。
女だったらこんなに悩まなかったのに。勝手に勘違いしていた。本当の自分は大瀬であり、偽物はユキ。ユキの姿で恋をした所で、堀田が大瀬を求めてくれるわけがないのに、なに馬鹿なことをしてしまったんだろう。
ふいに、ぽたりと手の甲に雫が落ちて自分がないていることに気づいた。
(俺、好きだったんだ)
泣いて、気づいてしまった。なんでこんなにも辛いのか、悲しいのか、いつの間に好きになってしまっていたのか。
もう馬鹿らしい。すべてが馬鹿馬鹿しい。
自暴自棄になってしまってる自覚はあった。けれどもう、ユキの姿で堀田似合いたくもなかった。ユキ用のスマホの電源を落とし、大瀬のスマホで美香にメールする。『Mariano退職します。今までありがとね、姉さん』美香は深く問いただしてはこなかった。元々代打で入ってもらっていたこともあるためだろう。急だったために、少しお小言を言われたが。
それが日付が回った日曜日。そして今日が、次の日の月曜日。
堀田がああなってしまっているのは、間違いなくユキのせいだろう。罪悪感で胸が締め付けられる。本当に酷いことをしてしまった。
よたよたとした足取りで、堀田はいつものように大瀬の席にまでやってきた。
「おはようございます…、大瀬さん」
「…………おはようございます」
挨拶を返せば、ふらふらとした足取りで堀田が部署を後にした。残された社員やパートたちからは心配の声でもちきりで、大瀬は心の中でみんなに謝罪する。
もうMarianoにユキがいないことも知ってしまっているだろうか。あんなにやつれたところを見てしまったら、心配で胸がざわざわする。
唇をぎゅうっと噛み締め、自分のせいだとわかっているのに、足は動いて、気づけば廊下で堀田の腕を掴んでいた。
「…大瀬さん?」
「いや…えっと、きょ、今日はもう帰った方が…いいんじゃない?体調悪そう、だし…有給もうついてるよね?」
「大丈夫ですよ、ちょっと失恋しちゃって…っ、っ!!」
堀田は、じっと大瀬の顔を見つめた。
見つめて、見つめて、どんどん顔が情けないような、泣きそうな顔になっていったと思ったら、急にがばっと大瀬のことを抱きしめた。
「っちょ!?」
「大瀬さん、すっごい似てるんですよ!僕の失恋相手に!!っもう、今すごい大瀬さんの顔みてたら辛くなってしまって、直接謝りたいのにぃ…!!!」
「ばっ、場所変えよう!ね、こっちに行こう!」
ぐずぐずと大瀬の肩口に顔をうずめ泣きだす堀田に、廊下を歩く人達はなんだなんだと怪訝そうに注目してくる。悪目立ちしているような気がして、泣き続ける堀田を引きずるように、近くの空き部屋へと移動した。
◇
「僕が悪いんです。さっきまで怖い思いしてたのに、調子乗って、キスくらいならいいかな?とか思っちゃって、そしたらやっぱり逃げられちゃって」
「そう…」
べそべそと堀田は俯いて泣きながら、あの日のことをこと細かく大瀬に話した。
当たり前だが、大瀬が逃げた理由とは違うことを考えている堀田に、少しもどかしい気持ちになる。むしろ大瀬は喜んでキスを受け入れてしまっていたし、なにより逃げた理由はその先は男の自分じゃできないからと、堀田はユキが好きなのであって、大瀬ではないと、今更ながらきづいてしまったからである。
「べつに、彼女はキス、嫌じゃなかったかもしれないよ」
「そうですかね?だとしても、逃げられちゃったし、連絡かえってこないし、嫌われたのには間違いないないです…お店も辞めちゃったらしくて、もう、確認できる方法なんてないです…」
ユキは嫌ってないよ。むしろ好きなんだよ。
そう伝えたくても伝えれなくて、唇を噛み締めた。
こんな表情をさせたかったわけではないのに。ユキのことは幻だったとか、そんな風に思ってくれたら、いいのに。
泣きながら床に伏せる堀田をみて、大瀬はある決心をした。
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