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第13話

土曜日。 昼から大瀬は美香のところにいき、メイクを施してもらっていた。 『姉さん、俺今から告白しに行くから、メイクしてほしい』 頼まれた美香はぽかんとした顔で大瀬のことを見ていたが、溜息を吐きながら自分の化粧道具を引っ張り出してきた。 「あんたって、結構わがままな子だったのね」 「そうだったみたい」 月曜日から金曜日まで、堀田はまるで魂が抜けたような見るに堪えない姿だった。営業成績も順調に下がっていき、いつもしないようなミスを連発。 大瀬が決心したのは『ユキは実は大瀬でした』とネタばらしをすることだった。もういっそのこと、騙していたことを伝えて嫌われてしまったほうがユキに対する未練もさっぱり消えて仕事に集中できるのでは?と考えたからだ。 大瀬自身は一生忘れることの無い深い傷になるだろうが、そんなのは堀田を騙し続けた自分への罰であり、自業自得でしかない。 いつものように大瀬からユキに変わってしまえば、鏡に移る大瀬は酷く情けない顔をしていた。決心したからと言って怖くない訳ではないのだ。 「何があったか知らないけど、あんたは綺麗よ、大丈夫。あんたを振る男なんてそうそういないわ」 「…そうだといいけどね。ありがとう、姉さん」 今日は深緑のワンピースに、黒髪ロングのウイッグは下ろしていく。今日はカジュアルな姿なのでシューズを履いた。 美香と別れて、繁華街の方に向かう。向かう先は堀田の家だ。いるかどうかはわからないけど、いなかったらいなかったで玄関でどんだけでも待つつもりでいる。 すると、ふと、前方に……見た事ある、人物が 「っ!」 サッと血の気が引き冷や汗が背中を伝うのを感じた。 「ユキさん」 目の前にいる辻 誠は、最後に会ったときよりもいっそうやせ細り、目の下に濃いクマを作っていた。 大瀬は完全に誠の存在を忘れていた。それどころじゃなかったというのが本音である。 ジリジリと歩みを勧めてくる誠に、大瀬は同じようにジリジリと後ずさる。 「ずっとずっと探してました。ぼっぼく、ユキさんのことが好きなんです、すきで、すきで、ぼく、はじめてなんです、こんなにすきになったの、ゆっゆユキさんはなんで、なんでお店やめちゃったんですか?なんで、なんでなんでぼくを……っ!!」 目を見開きまくし立てるように早口で言う誠に恐怖を覚え、体が震える。繁華街を歩くほかの人たちは興味がなかったり、危ない人物だと関わらないよう離れて歩く人達ばかりで助けを求めようにも、声も出なくて、後ずさることしかできずにいた。 だが素早く距離を詰められ、誠の腕が伸びてきてユキの手首を掴もうとしたとき、ユキは勢いよく後方へと引っ張られ何が起きたのかわからず目を瞬かせた。 「あの、俺の彼女に何か用が?」 気づけば、暖かくてがっちりした腕の中に包まれていた。ふわっと香る甘いムスクの匂いは、忘れられない。大好きな、今一番会いたいと思っていた彼の匂いだ。 走ってきたんだろうか、少し息が荒い。慌ててユキが振り向けば、前方を睨む堀田の姿がそこにあった。まさかこんなところで堀田と出くわすとは思っていなかったため、一瞬呆気に取られてしまうが、誠が喋り出したことによりハッと誠の方に顔を向ける。 「かっかの、かのじょ…って、なっなんだよおお!!!!なんでっゆっユキさんはぼくのことがすきで、ぼくもユキさんが好きでっ相思相愛なのにっおおおおまえええがあぁっ!!!」 ぷるぷると俯きながら震えている誠は、何か独り言のようにぶつぶつ呟いている。はっきりと聞き取ることが出来たのは、叫びながら堀田に襲いかかってきたときだった。すごい形相にユキは思わず『ヒッ』と小さな声が漏れて腕で顔を覆った。

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