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第14話

そしてまた腕に抱きしめられたまま後方へと移動し、さらりと避けた堀田はその勢いで誠の足に自分の足をひっかけ派手に転ばせた。 「何言ってんのか意味がわからないけど、次ユキちゃんに近づいたらストーカーとして被害届け出させてもらう。ね、辻 誠さん」 「っな、なんでぼくの名前…!」 淡々と話す堀田に、誠の名前が紡がれると大瀬は堀田に誠の名前を伝えたことがあっただろうかと軽く首を傾げる。誠は自分の名前が堀田によって発せられると驚いたように床に伏せたままたじろぎ、そして改めて堀田の顔をまじまじと見つめ、何かを思い出したように小さくあっと声を上げると、コンクリートにぶつけた顔を赤くさせながら立ち上がった。 「株式会社AUKのSE、辻誠さん。この間は突然お邪魔して申し訳ございませんでした。ところで俺、あんたがいる部署の部長と個人的に飲みいくくらいは仲良いんだけど、なにか他に聞きたいことある?」 にっこり。直に感じる圧力と脅しに誠も顔が引き攣り、大瀬の顔も思わず同じように引き攣る。堀田の言葉には脅しが含まれ何が言いたいのか誠はその言葉から感じ取り、ちらりと名残惜しそうにユキに目をやったあと、きつく握りこぶしを作り俯いて黙ったまま踵を返した。 誠が人混みにまぎれ、姿が見えなくなった頃。 堀田は大きな溜息を吐いた。 「あ〜緊張した…!俺そこの部長と飲みに行くどころか名前も知らないし!飛び入り営業したときに、この人たまにMarianoでみる人だと思って、覚えてただけだったんだよね〜名前あっててよかった!」 「そ、そう、なんですか」 「とりあえずさ、いろいろ話したいことは山積みなんだけど、このままぎゅってさせてくれる?」 堀田の腕の中に閉じ込められたまま、首元に顔を埋められ愛しくそして大切なものを抱くように、やさしくやさしく抱きしめられた。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。 どのくらいそうしていただろうか。時間にしてみればほんの数分かもしれないが、堀田はゆっくり腕の中にいるユキを解放し、困ったような情けないような、泣きそうな表情でユキを見つめた。 「もしかしたら会えないかなって、宛もなくぶらついてたんだけど、本当に、まさか会えるなんて思ってもみなかった。…この間はごめん。いきなりあんなの、嫌だったよね」 「っ嫌じゃ、嫌じゃなかったんです!」 まずその誤解を解かなくては。ユキは堀田の腕に縋り付き、それは違うと首を振った。堀田はそんなユキの姿を見て、困惑した顔で首を傾げる。 「じゃあなんで…」 「…そのことでお話があります。私の家に来てくれませんか?」 深呼吸をしたユキは、真っ直ぐ堀田を見つめる。堀田は困惑した顔のまま、ゆっくりと頷いた。 ◇ 二階建てアパートの一階の部屋に、大瀬は堀田を招いた。1LDKの至って普通の部屋ではあるが、女性が住む部屋とは思えないほど、こざっぱりしており、モノトーンが多い。まるで男の部屋のような…。 「そこ、座って下さい」 「…うん」 お茶を入れる余裕すらないくらい、ユキは緊張しながら絨毯の上に堀田と向かい合わせになるように座った。 少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのは意を決したユキ…大瀬だった。 「きっとキミは、俺のことをすごく嫌いになると思う」 「ゆ、ユキちゃん?」 「でもごめん、俺は、キミのことをすごく好きになってしまって、俺はユキだけど、ユキじゃないのに、女じゃないのに」 「……」 「でもそんなキミに酷いことをしてしまった。俺は許されないし、許してもらおうとも思ってない」 「…ユキちゃん」 「ごめん」 そっとウィッグを外して、その下からはさらりとしたショートの黒髪が現れる。最初は何度も痛い思いをしたカラーコンタクトも慣れた手つきで外して、つけまつげを外す。用意してあったシート型の化粧落としを何枚かとって、ごしごしと顔を擦れば、そこには、堀田のよく知った顔がそこにはあった。反応が怖くて、堀田の顔は、見れない。 「騙しててごめん。ユキは、……俺なんだ。キミが必要としてるのはユキであって、キミに俺は必要ないのに、俺は、キミを好きに、なってしまって……」 「ユキちゃん!」 「いや、だからユキちゃんじゃなくて、いった!」 一発殴られる覚悟で正座し、膝の上に握り拳を置いて真面目な顔とトーンで話をする大瀬に対し、堀田はそんな雰囲気とは真反対で泣きそうな、嬉しそうな、様々な感情が入り交じった表情をしながら、勢いよく大瀬に抱きついた。あまりにも勢いがよかったために、大瀬の体は堀田と共に後ろに倒れてしまう。 「正直言うと、びっくりはしたけどなんかやっと胸の中のもやもやがなくなった」 「もやもや…?」 「大瀬さんを見る度にユキちゃんを思い出して、ユキちゃんを見る度に大瀬さんを思い出す。頭の中では結構混乱してたんだけど、あぁ、そういうことだったのかって、全て理解できたっていうか、腑に落ちた感じかな」 にっこり笑う堀田に、予想とは違う展開ばかりで今度は大瀬が混乱し、堀田の反応にはもちろん腑に落ちない。 「あの、普通怒らない?」 「なんで?」 「…好意を寄せてた相手が実は男、働いてる会社も同じで、しかもそのこと俺はずっと黙ってたんだけど…」 「でも俺のこと好きなんでしょ?」 ふわりと微笑まれ問いかけられれば、やはり胸はきゅんと苦しくなる。その問いかけの意味はわからないが、大瀬は自分の頬が赤く染まることに気づきつつ小さく頷いた。 「じゃあいい、つまりはどっちもユキちゃんで、どっちも大瀬さんなんでしょ?なら男とか女とか関係ないよ、俺はどっちも好き。まあたしかにユキちゃんのときの大瀬さんはめちゃくちゃタイプだけどね」 「…ユキじゃないのに、男なのに?」 「うん、大好き。むしろ大好きなユキちゃんが実は大瀬さんでしたーって言われて嫌いになる人なんている?」 「…普通はなるんじゃないかな」 真面目な顔で疑問をぶつけてくる堀田に、大瀬は軽く目眩がした。予想以上に堀田の愛は真剣で重く、少しネジが外れていたらしい。 でも、そんな堀田に自然と大瀬の口元は緩んでいく。嬉しいとか、幸せとか、そんなありきたりな言葉では表せないほど、心が満たされている。しっかりこんな自分を受け止めてくれた堀田に、本当にこんな幸せでいいのだろうかと不安になるほどだ。

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