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第2話
スラックスと下着を膝まで下げると露わになった何の反応も示していないどころか怯えさせしている器官を引っ張る。
「あァ…っ!」
「綺麗な形してる」
敏感な部分を粗雑に扱われた悲鳴などまるで他人事で、柔らかな袋を手に取り手慰みにやわやわと揉み込む。白かった肌が全身薄紅に染まる。
「あ…っぁ、見、るな…っ」
閉じようとする腿の間に手を挟む。隠そうとした手も打ち払った。目元を覆い、ベルフレイシェは屈辱に喘いだ。薄皮に包まれた双珠を暫く揉み、それから項垂れた茎に触れた。形を確かめ、先端部を指の腹で幾度か押す。フォラン自身のものとはわずかに勝手が違った。
「……っく、ぅ…」
少しずつ指の中で変形していく。先端部が段々と張り出し、膨らんでいく。無遠慮に物珍しくもない器官を執拗に擦った。
「…っふ……っ、」
質量を増し熱くなっていく茎から執着が薄れず、面白がって扱く手を止められないでいた。目元を覆っていた手が口元に移り、指を噛んだ。指では漏れ出る声が抑えきれず手の甲に齧り付く。
「ぅ…っあぁ……ッは、ぁ…ん…」
滑りの悪かった陰茎は李に似た先端から滲んだ露を塗りたくられ、くちくちと音を立てていた。
「その声めちゃくちゃなんか、寒気みたいなのする」
「っふ……ぅう…っ!」
フォランが苦笑すると両手で口元を押さえてベルフレイシェは声を出すまいと必死になっていた。
「いつもそんななのか?」
速度を上げて往復させる。完成した雄の器官に満足し、他の部分とは異質に照る頂を指で一度弱く弾いた。
「あ…っ、」
屹立は放置され、白い内腿を開かせる。柔らかな腿の肉感を楽しむのも忘れなかった。痣ができるほどすべやかな腿の内側を摘んでは摩った。今まで会ってきた野良猫たちの毛並みを整えるように肌理細かな皮膚を手離せない。両脚を閉じられると掌と手の甲の感触が堪らず、抜いたりまた差し込んだりを繰り返す。勃ち上がった陰茎を忘れていると力無く血と唾液の滲んだ手が放置された欲の源へ向かおうとしていた。
「おっと、何?レイプされながらオナニー始めるのか?いいよ、続けて」
腿を撫で摩りながらベルフレイシェがどうするのかを見守ることにした。臍の辺りまで迫っていた手がわなわなと震え、行先を変えると腹から落ち、シーツに落ち着く。
「しないのか?」
解放を待っていたくせ、叶えられなかった熱茎を数度扱く。鍛えられてはいるが細い腰が突き上げ、陵辱者の掌を乞う。
「したらいいのに?」
李に滲む露を紅色の果実に指先でぎこちなく塗り付けながら首を傾げる。
「…っひ、ァ、ぁァ…や、め…っ」
シーツを引っ掻き、もどかしい快感に耐える姿をフォランは何の感慨も無さそうに眺める。何度も摘んだり抓った白魚のような肉に指の痕が浮かんだところで太腿で遊ぶのをやめにした。
「分かった、やめる」
フォランは突然両腕を上げた。ベルフレイシェは息を乱し、怯えながらフォランを見る。
「さぁ、寝よう。早朝から起きっ放しなんだ。疲れたし。シャワー浴びてくるからその間に帰ったらいいや」
部屋の中を物色する。ベルフレイシェはまだベッドに膝から上を倒し、スラックスと下着も下ろしたままだった。天蓋を向いたままの陰茎は後戻りできなくなっている。
「あ~あ、晩飯も食いっ逸 れちゃってまぁ…」
ぶつぶつと独り言ちながら浴室へ向かった。レモンクリーム色の塩パンは既に腹から消え失せ、空腹を訴えている。衣類を脱いで、広いシャワールームへと入った。足の裏に馴染んだ床に眩しいほど白い壁だった。ここもまたオーシャンビューで、わずかに端に夜景が見えるくらいだ。ガラス張りの奥がよく見える位置に円形のジェットバスがあり、照明のスイッチを押すとダウンライトとブルーの光で空間は淡く浮き出る。
ジェットバスに湯を溜めながらシャワーで身を清める。シャワールームはエリプス=エリッセで泊まった部屋ほどもあった。湯に身を沈め、感嘆の声が漏れる。
「ほへ~」
丁度良い温度に浸かりながら両腕をバスタブの淵に掛け、天井を見上げる。最近の歌を口遊みながら起動スイッチの近くにあるアヒルの玩具を湯に浮かべ、ジェット機能は無くても十分楽しめた。ジェットバス機能のスイッチを押すと水中が轟き、圧力が腰を打つ。ベルフレイシェのことはまるで頭から抜けていた。そのため、シャワールームのドアが開いた音に驚き、肩が跳ねた。タンクトップにスラックスの裾を膝まで捲ったベルフレイシェが現れ、フォランは歌を止めた。手には皿を持っている。
「まだ帰ってなかったのかよ」
「………っ」
顰めっ面でフォランを見下ろす。
「ちょっとぉ、ベルフィちゃん?」
「やめろ!そこまでお前と親しくなった覚えはない!」
「じゃあ何しに来たんだよ?強姦魔と仲良くシャワータイム?」
何も答えず、皿から花を出すと湯に浮かべる。
「わぁ!」
フォランは叫んだ。今度はベルフレイシェが驚いた。
「この辺の地方ってマジで風呂に花浮かべるんだ!」
聞いたことはあった。家に客人が訪れた時など歓迎や祝福の意に風呂場に赴き、湯に花弁を浮かべるという話だった。
「……お前はどこから来たんだ…」
「アイラーロ県。旧ブネーデン地方のほうって言ったら分かるか?」
「ああ…北東にある…」
黄の鮮やかな花弁が浮かぶ。フォランは目の前を揺蕩う花をひとつひとつ掴んだ。本物だった。笑いながら同じ黄色だが種類の違う花に顔を輝かせる。写真の資料で見たものは赤い花で統一されていた。もしかすると花の色で意味が違うのだろうか。フォランを観察していたベルフレイシェは戸惑いながら呟いた。
「なんなんだお前は……」
「なんなんだ…って?」
掴んでいた花が潰れた。フォランの声が低くシャワールームに響く。
「凶暴な男かと思ったら、子供みたいな顔をして…」
伏せられた美しい顔に水面の模様が映る。長い睫毛の下の空色の瞳にもジェットバスの淡い光が灯っている。己にも遺伝するはずだった。精子と卵子の持主の特徴から見ても空色の瞳でなければならなかった。美しい瞳の目瞬きに胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
「ごめんな?やっぱあんたのことレイプしなきゃダメみたいだ」
「…っぁ、!」
ジェットバスから出ると、逃げようとした腕を掴んだ。
「な……にを…っ!」
「なんでとっとと帰らなかった?」
「…どうせ……っ、バカにするんだろう!」
腕を捻り、動きの制限されたタンクトップとスラックスへ濡れた身体を密着させる。
「正解。ボーダム社のとある責任者は人様とホテルに同伴してオナニーだけして帰りましたって街中に吹き込むのも楽しかったかもな?でも犯されるより良かったはずだろ?何してるんだ?」
「…っ犯されたほうが、マシだ…っ」
「ほぉ?」
オーシャンビューのガラス張りへ引っ張り、無抵抗の身体を押し付ける。
「感動したよ!レイプ被害は会社の保険が下りるのか?」
片手でバックルを掴むと、捻り上げて拘束していた手もベルフレイシェのベルトに回す。布が不自然に押し上げられている。
「く…っ…そ……」
「嘘だろ、あんたバカなのかな」
ガラス張りに容赦なく顔面を押し付け、再びスラックスと下着をずり下げた。勢いよく陰茎が跳ねる。
「かわいそ。持ち主にまで放って置かれちゃって。そうだ、これから陰茎 の所有者はオレってことでどうだ?」
「あああ……っ、ぁ、ふ、ざけ……っぅん、」
張り詰めた茎を根本から括れまで幾度か扱き、先端部も回しながら摩る。
「ぁ……ァァっ…ぁ、イく…っ」
「ふぅん」
ベルフレイシェは両手を着き、背筋を反らしながら、しっかりと掴まれている腰を揺らした。掌の筒に擦り付けられているようでもあったが構うことなくフォランの掌は同じ動きを同じリズムで繰り返す。
「あ、あ、…ぁあっ!」
ガラス張りに白濁が飛んだ。ゼリー状になって、強い粘り気と不透明性を帯びながらガラスを滴る。
「…っは、ぁ…は…っ」
手に付いた濃い精液を眺める。淡白そうな見た目とは酷く不釣り合いだったが、淡白ゆえに疎かにしているのか。射精の余韻に浸っているらしくガラスに頬を寄せ息を切らしていた。これはセックスではない。臀部を覆うスラックスと下着も下げ、晒された狭間へと指を割り入れる。
「ぅっ…そん… なところ、…さ、わるな……ッ」
二度目に見る不安に青褪めた顔が振り返った。固く閉ざされた粘膜に指先が触れた。輪状の強い粘膜に締められながら無理矢理に中指を挿し込む。
「…っく、ぁアふ…うっ、」
呻きながらガラス張りを伝い崩れる肉体。腰を押さえて、根元まで突き入れる。温かく湿り、指に絡みながらも押し出そうとする。一度抜いて、左右に尻たぶを開いた。侵入していた質量が抜かれ、薄い色の窄まりは蠢く。躊躇もなくフォランは膝を着き、肉体の持ち主とは違い淑やかな秘部を舐めた。皺の中心を舌先で突き、舌でも収縮を感じる。もう一度中指1本を突き入れてみるがやはりきつかった。ここに指より何倍も質量のあるものが入るとは思えなかった。
「多分切れるけどレイプだから勘弁な」
勃ち上がった陰茎を持って、大きく膨張した亀頭を収縮している可憐な蕾に押し当てる。フォランの陰茎は刺激は要らなかった。セックスするとなればすぐにでも膨らんだ。意図したものか、副産物か、そう、設計されたのだ。指1本分とはいえ内部を探られた負担に肩で息をしているが、やはりフォランにとってこれはセックスではなかった。ベルフレイシェにとってもセックスであるはずがない。一息に腰を突き出し、張り出た先端部が花芯を割り開いた。
「ぁっあああああっぅぐっ!…っくぅう!」
ガラス張りに爪を立て、唸りを上げる。力強い締め付けに動けそうになかった。柔らかな腸内に握っては放され、握っては放される。腰を引くと惜しまれながら絡み付かれ、押し進めると拒まれながらも絡み付かれる。うねりに誘う中へ茎全体を押し込む。白く滑らかな締まった尻の奥に袋が当たるほどに密着する。根本を絞られ、痛いほどの快感に目眩がした。
「あ…ああ…っ、いっ…ぁぁ、うご、くな……っ」
崩れ落ちそうな上半身をガラス張りで何とか支え、下半身はフォランが抱きかかえている。ぱつん、と音を響かせ楔に慣れない身体は穿たれる。
「ァァ、ぁッ…まだ…っあひ…ァァっ」
湯を浴びたように汗を浮かべる肩に吸い付いてから噛んだ。シャンプーの匂いが残っている後頭部へ鼻を埋める。毛先を噛んで引っ張った。汗に光る頸にも歯を立てる。骨までむしゃぶりつきたくなるような渇きを覚え、白魚の身と化した肌を舐め、汗を舐め取る。引き攣っていた背中に妙な衝動を呼び覚まされ、強く抱き締める。胸が張り裂けそうな痛覚とは違う痛みに唆され、皮膚を突き破った牙のような肋骨が目の前の獲物を丸ごと呑み込んでしまいそうだった。
「は…っぁ、く…ぅ、ぐぐ…っ」
胸を撫でながら首筋に顔を埋めた。胸の突起に触れる。両腕におとなしく収まっている身体は縮こまっていたがさらに小さくなろうとしていた。
「動くよ」
確認ではなく報告で、まだきつさを訴える後孔から肉茎を引くとその分突き入れる。締まりと柔らかな感触が甘い痺れを生んで腰を溶かすようだった。夢中で腰を振り、ベルフレイシェの腸を暴く。抱き締める身体は冷たい。
「…っ、すご…い気持ちいい」
「っ、は、あぁっ、ぅ、ぅぐっ、うう…」
腰といわず陰茎から溶けてしまいそうで、腰を手形の痣が出来るほど強く押さえ込み腸内奥深くにに精液を叩き付ける。脈動が治まるまで動けず、ゆっくり出し入れし、吐精が落ち着くと奥まで挿入したまま固まった。
「……っ中、出て……」
愕然としている後姿に気遣うこともなく再び楔が獲物を苛んだ。飽きるまで後孔を穿たれ、解放される頃にはベルフレイシェは立てず、床に落ちた。腿を伝っていた白濁が方向を変えタイルへ向かう。
「ベッドで待ってる」
完全に抵抗をやめ、喘ぐことしか出来なかった慰みものは一瞬にして現実に戻された。目を瞠りフォランを仰ぐ。形の良い唇は青かった。先に部屋に戻りベッドに座る。シーツが濡れ、色を変える。浴室近くには、ハンガーに掛けられたホワイトシャツとウエストコートがあった。湯に浮かべられた黄色の花たちを思い出すと、両胸の中心に何か詰まった感覚がして考えたくなかった。
ベルフレイシェはあまりにも遅く、フォランは呼びに戻ることも忘れていたし、ベルフレイシェの存在すらも忘れていた。電気ケトルで湯を沸かし、テーブルに紙コップに、共に置かれたスティックコーヒーを淹れる。パラボレーの有名コーヒーブランドだ。面白みのないオーシャンビューを見渡しながらコーヒーを飲む。
一部に皺の寄ったワイドキングサイズのベッドに寝転び、端から端まで回転した。部屋の扉がノックされ、また自治警団の調査漏れだろうかと渋々インターホン越しに用件を聞く。注文の再配達らしく、フォランは素っ裸だったが扉を開いた。部屋番号を確認した後、ドームカバーの被せられた料理を運ぶワゴンを預けられる。伝票にサインをするとホテルマンは愛想の良い接客で帰っていった。フォランには覚えがない。とするとベルフレイシェだ。体内に侵入される苦しみに喘ぐ姿が脳裏にはっきり焼き付き、腕の感触にも生々しく残っている。ベッドに戻って
浴室のドアが開いた。
「腹が減っていたんじゃなかったのか…」
ベルフレイシェは身を引き摺るように歩きながらテーブル脇に停めたワゴンの上のディッシュカバーを外し、手を付けられていない料理を見た。レタスと大きな鶏肉が見えた。声は掠れ、歩き方はぎこちない。ベッドへ辿り着き、疲労を窺わせる溜息を吐いた。
「あんたが食べるのかと思った」
「接待先で接待相手放って飯が食えるか」
手にしていたバスローブを投げ付けられる。
「これ着ろって?」
「裸でうろつくな。どうやってそれを受け取ったんだ」
バスローブを広げ、身に纏う。まだ肌を合わせるつもりでいたため必要ないと判断していた。
「よし、じゃあ続きやる」
陰険な眉がまた別の歪み方をし、深いブルーと淡いブルーの瑞々しい瞳がシーツの上を彷徨う。フォランのしなやかな筋肉ののった腕がベルフレイシェを俯せにした。腰を高く上げさせられ、普段人目に晒されることのない窄まりが明るく照らされる。ベルフレイシェは真っ赤に染まって羞恥に震え、シーツに爪を立てながら唇を噛み締めた。乱暴な抽送に蕾は色付き、腫れていた。フォランに覗かれ息を吹きかけられると、腫れた淵が固く閉ざされ直後に弛緩した。大量に吐き出した精液が溢れてこないところを見ると、自分で掻き出したらしかった。どうやったのかと想像すると、この淑やかながらも乱暴された粘膜を愛でずにはいられず、舌を這わせる。
「っ、ぁ」
びくりと腰が跳ね、両手で逃げたがる尻たぶを揉む。皺の微細な凹凸と蠢きによる能動的な質感に夢中になって舌が疲れるまで続いた。腫れた粘膜が濡れて光る。自身の中指を舐めて、腫れを気にしながら挿し込む。
「ぅぅっ、く…ぅ」
「切れてはないけど腫れてるから少し痛痒いかもな、わはは」
第二関節まで一気に突き入れた。きつく何度も食い締める。息が荒れている。フォランの滾りを幾度も咥え込んだが慣れないらしかった。指の届くところを見境なく指の腹で探り回る。
「…っ、ァぃ、っあ、」
人差し指も咥えさせ2本で内部を探索する。何かあるとは思っていなかったが、引き締めてくる濡れた柔肉にベルフレイシェのくぐもった声に好奇心を煽られた。2本の指を離したりして孔を広げてみるが固く、2本の指は粘膜に負ける。浅いところからまた探索し直すと指の腹が痼 りを捉える。慎ましやかなうねりが指先を包んで、ベルフレイシェは裏返った声を上げた。
「あ…ぅ、んんぁ!」
甘えたような弱ったような声にフォランはベルフレイシェの真っ赤な顔を凝視する。
「今のもっとやって」
内膜の下に何か埋まっているような柔らかな塊を押す。
「はっ、ぁん、何っだ…ッ…そこ、っやぁ!」
ベルフレイシェは嬌声を上げ、口元を覆う。眉を寄せ、長く濃い睫毛が濡れる。背骨に針金を通されかのように背筋が伸び、下肢は逃げようとするがフォランは追った。
「もっと聞きたい」
「っ……、ふッぅん」
要求に反し、傷付いた両手を口元に重ねる。落胆の溜息を吐いて同じ場所をとんとんとタップする。時折強めに小突く。うねり引き絞る濡肉が気持ち良い。
「っぅんン…ぁっァぁ、んっ…」
まぁいいか、と押し殺しきれていない声を聞くために小さなスポットを虐げる。腰が激しく揺さぶられ、跳ねるように内肉は大きく2本の指を抱き締め奥へ奥へと誘う。
「あっァ、あああっ、ァァ…」
痙攣する身体。無防備な肉体に猛烈な空腹を覚えて、指を引き抜くと覆い被さった。胸や腹に獲物の質量を感じる。黒髪に頬を擦り寄せる。勃起を荒れた収縮を繰り返す蕾の上に滑らせる。
「う…そだ、」
シーツを齧り、シーツを掴み、シーツを引っ掻いた。再び挿入される長く太く灼熱を纏った楔。張り詰めているベルフレイシェの茎は糸を引いていたが、下から湧き上がった新たな蜜によって粘液はシーツに垂れた。
「ベルフレイシェ君…ッ」
「あっ、ぁあ、ぁっァ、」
両腕を後ろへ回させ強く掴んで拘束する。抵抗もなくなり、無我夢中に腰を振った。目の前にいる人間が道具のように思えた。ただ温かく濡れた孔を提供する、そして自身の気に入ってしまった外観を持つ、孔人形に。
◇
目蓋の裏の明るさに目が覚める。白い雲が溶けた青く澄んだ空と翠がかった碧い海がガラスの奥に広がっている。早朝なのか室内は白みがかっていた。隣で気を失ったベルフレイシェを一瞥する。シャワーを浴びるついでにタオルを濡らし、眠っている身体を拭いた。興奮して覚えてはいないが、白い肩と腕は歯型と鬱血痕だらけだった。全身を拭いて、溜息を吐く。シーツを汚している、変色した精液をどう片付けるか思案した。室内に置かれたティッシュを数枚取ってシーンを叩き、腫れた粘膜から滴る液体も拭き取った。指を突っ込んで、掻き出す。ベルフレイシェは小さく呻いて侵入した指を締めた。粗方片付けを終え、冷えた料理を少し食べた。テレビの見慣れない放送にすぐ飽き、ベッドに戻る。美男子の寝顔を眺めることにした。手を伸ばしたが触れる寸前で、指先から消し炭になりそうな恐怖を覚えた。何か得体の知れない拒否だった。美しい肌を摘んでみたいが、触れならこの身が焼かれてしまうのではないかと、ビジョンが頭の中に浮かんだ。見えない壁のような。突き破ることは容易いだろうが、ただでは済まない、そういった類の自発的な拒否感だ。
プルルルルー、シャーリィでぇっす
プルルルルー、シャーリィでぇっす
テーブルに置かれた通信端末が光を放ち、突然軽やかな若い女の声で喋り出す。フォランは近付きディスプレイを見る。[シャールファシー・ボーダム]の名が表示され、応答か拒否の選択を迫るボタンもその下に並べられていた。
「はぁいシャーリィ」
静寂から微かなノイズが混じる。
『…誰?兄さんじゃないよね…?』
着信音と声質は同じだがまるで違う雰囲気の若い女の声が訝しげに問うた。
「ベルフィは…」
端末を持ったままベッドへ移動する。会話が耳障りなのかベルフレイシェは寝苦しげな顔をさらに顰める。
「隣で寝てるよ」
『まぁ!じゃあ貴方様が兄様の新しい恋人なのね!失礼な態度を取ってごめんなさい。名乗り遅れましたわ!わたくし、妹のシャールファシーと申しますの。ご無礼をお許しくださいませな』
態度が一変し、着信音と同じ爛漫な声色へと変わる。
「それで、お兄様は起こしたほうがいいかな」
『いいえ!そういうことでしたらいいんですの』
「何か用があったんじゃないのか」
妹と思しき女の声は電話の奥で小さくう~んと唸った。
『いいんですの!貴方様とご一緒なら安心いたしました』
「あ、待って。お兄様のこと、会社まで送ったほうがいいカシラ?」
通話を切られそうになり、咄嗟に呼び止めた。四肢を投げ出すように眠るお兄様を一瞥する。
『はい?』
「お兄様を会社に届けマスワ」
『…よく分かりませんけれど、お待ちしておりますわ』
通話は切られ、ベルフレイシェの横に置く。
「あんたもお兄ちゃんなんだ?」
問いを拒絶するかのように寝返りをうち、顔を背けられてしまった。
ボーダム社の受付嬢が肝を潰した。ここに来る前からも通行人がじろじろとフォランと、その腕に抱かれるシーツを被ったものを眺めた。
「お待ちしておりまし、…た」
内線で呼ばれた若い女はまだ少女といったくらいで、豊かな栗色のカールした髪をしていた。兄と同じ濃さのブルーの瞳がぱちりぱちりと目瞬きし、腕の中に眠るベルフレイシェに笑顔ごと固まった。
「…私室にお通ししますわ」
低くなった声。エレベーターに促され、睨まれる。
「一体全体どうなさったんですの」
エレベーターのドアが閉まり、ボタンの前にシャールファシーは立った。怒りに満ち満ちているのが伝わった。上階に引き上げられる浮遊感に後ろへよろけると、空色が仰天して腕の中の兄を支えようとした。エレベーターから降り、静まり返った廊下に出る。
「抱き潰したんだよ。恋人なんだから。何かおかしいこと、あるか?」
シャールファシーは無言のままエレベーターを降りてすぐに見える部屋へと案内した。先に兄を抱えるフォランを通し、後ろ手に鍵をかける。革張りのソファに兄は降ろされ、フォランが座る用に革張りの椅子を重厚な雰囲気のある机から持ち出した。パラボレー市街のビル群を一望出来るガラス張りの壁を背にその机と椅子はあった。シャールファシーはベルフレイシェにブランケットを掛けると紙コップを出し、フォランをもてなす準備をしている。
「兄様は未来を約束されているお方。責任感が強くて真面目で。仕事を突然キャンセルして恋人と過ごそうだなんて…そんなお人じゃないんですのよ」
テーブルに紙コップが叩きつけられ、液面が跳ねる。コーヒーかと思ったが匂いからするとコーヒーではない。苦味もあるが甘みを強く帯びている。
「ああ、オレがあの手この手で誑かしたって言いたい?」
兄の眠るソファの対面に腰を下ろして、身を傾けながらフォランに対峙する。
「そうお聞こえになって?何か…疚 しいことでもおあり?」
テーブルの上のティッシュから紙コップの外に撒かれた池を拭き取って、フォランは肩を竦める。
「かわいそうな人ですわ」
紙コップの中の熱い液体を一口飲む。ココアだった。シャールファシーの意地悪さに歪んだ顔を片眉を上げて迎えた。
「おっと…?それはこの眠れる王子様のことで?」
一瞬大きく顔を顰め、フォランに敵意を隠さなかった。だが柔和な、しかし胡散臭い笑みを繕う。
「感謝はしているんですのよ…何せここのところ休みがありませんでしたからね。会社の一員としては感心しませんけど、妹としては……安心しておりますの」
気の強い眼差しがベルフレイシェとよく似ているため、フォランは長いこと直視出来ずに自嘲した。それをシャールファシーは嘲りと取ったらしく不満げだった。
「兄様と、どうなさりたいんですの。これから」
ココアの入った紙コップを握っていたシャールファシーは立ち上がると、室内の棚にある本を1冊取り出した。なんだなんだと見守っていると、その本は偽物で、中から厚みのある封筒が入っていた。
「どうなさりたい…って、どういうことデスノ??」
ソファに戻るシャールファシーを目で追った。
「30万クオーレあるのですけれど…これで足りますでしょう?足りますわ、足りますとも」
封筒から出した札束をフォランに突き出す。
「なにこれ?」
「手切れ金以外に何がありまして?」
「なるほど」
突き出された札束を受け取ろうとしたが、その手を止めた。
「何がなるほど、なのかしら?恋人だとおっしゃったのはどこのどなた?」
大金を惜しげもなく差し出す小さな顔と円い瞳は喜びに満ちている。さぁ早く受け取ってくださいまし!とでも言いたそうだ。
「30万クオーレこっきりで手切れ金?何を言ってるんだい、世の中をナメるなよ。ボーダム社って儲かってないのか?」
押し付けられる札束を跳ね除ける。要求金額を問われるのかと思ったが、妹の口元は意地悪く吊った。
「あら、金銭感覚のとち狂った、水より胡楽蜜液 の方がお安い経済大国の富豪の方かしら?それは失礼いたしました」
ではこれは必要ありませんわね!と札束を封筒に戻し、同じように偽物の本に隠した。冷めた双眸でフォランを射抜く。目元の雰囲気が兄妹でよく似ていた。
「となれば安泰ですわ!安泰です!あとは…」
情緒の安定しない者のように陽気な声を上げた直後に言葉を詰まらせ、眉を下げる。憂いを含んだ目が眠る兄を案じている。
「金が目当てでないなら安心ですのよ」
「試したわけかい?」
「気分を害しまして?お詫びは申し上げませんわ、気分を害したとはっきりおっしゃってくださらねば」
俗世を離れた貴族の娘を気取っているくせ、粗雑な動作で妹は紙コップの中身を飲み干した。
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