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見えない糸(龍之介side)

「リュー、訓練しようぜ!」 生徒会役員棟にある執務室の自分専用のデスクに腰かけて、机上に脚を投げ出しながらいつものように愛用の武器の手入れをしていると、マコトが嬉々として駆け寄ってきた。 大して気分じゃなかったが、ノッてやらないと後がうるさくてかなわない。 「……しゃーねェなァ。コレ終わるまで待て」 手早く手の中のサブマシンガンを解体し、再び組み立ててオイルを差し、表面を乾いたタオルで磨き上げる。 作動確認はさすがにここではできないから後で射撃場で試そうと、所定の棚に仕舞い、戸を閉めた。 「武器を解体する手の動きって、色っぽいよなぁ……」 マコトが背中からうっとりとこちらの腰に両腕を回してきた。 「相手探してンなら他当たれ。っつーか腰にナイフ刺したまま密着してくンじゃねェよ」 ため息をつきながら腕をほどくと、 「えっ、何で!?」 マコトが驚いたように、声を上げた。 「前のヤツとは別れたって言ったのに……。もしかしてまた好きなヤツできたとか!?」 長年共に過ごしているだけに、わずかな態度の変化で心まで透けて見られるのが厄介だった。 涙目でにらまれて、深くため息をつく。 「……いい加減オレ離れしろって。いつまでもガキじゃねェんだからよ」 言いながら、これと同じような会話をつい最近ハルトともしたなと苦笑した。 「なんで離れなきゃいけないんだよ!?」 「オレと違ってオマエらは自由になれンのによ、ムダに命削ってどーするっつってンだ」 親に捨てれられ、地べたをはいずり回るしかなかったストリート時代。 別グループを率いていた年上の悪友リンに痛く気に入られ、何かとかまい倒されていたのだが、そのリンが実は桁外れのお坊ちゃんで、おまえも少しは普通の学生生活を味わってみろと、冗談のような多額の出資金で設立された桜華学園に誘われたのが、5年前の話になる。 仲間を解放する、これが最初で最後のチャンスだと思った。 当時すでに組織とはギブアンドテイクの関係が出来上がっていて、思えばストリートに身を落とした当初から目をつけられていた気もした。 6歳まで育てた挙句自分を捨てた育ての親が追って来い、との言葉だけを残して、忽然と姿を消した後。 悔しさと懐かしさ、怒りと愛しさが混在した複雑な感情が渦巻く中、集約すれば『テメェ、ざけんなっ、いつか絶対ブッ殺す』との思いで必死に生き抜いてきた。 育ての親に唯一つながる糸を手放す気は毛頭なかったが、組織は武器や物資の援助と引き換えに、あらゆる過酷なミッションを課してきた。 中にはかなり危険度の高いものもあり、肝を冷やすことも多かったが、非合法の武器や身分証、時に海外での戦闘経験や闇の世界の知識など、組織と関わるようになって一気に世界が開けたのもまた事実だった。 当初こそ一人でこなしていたミッションも、その動きを不審に思った3人に結局は秘密を暴かれ、以降は共にミッションをこなすようになって今に至る。 慕われて悪い気はしないかったが、時々ひどく疲れるのも確かだった。 自分の命一つを背負うのは容易でも、仲間のそれとなると重みが違う。 このままでは組織との関係ばかりが濃厚になり、学園を卒業した後もズルズルと闇の世界に引きずり込まれてしまうのではないか。 できるだけ早く仲間と組織の関係を断ち切り、光ある場所に戻してやりたいと思っても、話し合いはいつも平行線をたどる。 「そんなんリューが好きだからに決まってんだろっ。それに家も家族も何も持たなかったオレたちが、こーしてまともに暮らしていけてんのも勉強できんのも、みんなリューのお陰だし!」 それこそ学園のオーナーであるリンのお陰だったが、押し問答にしかならないので黙っておいた。 当初はいくら金があり余っているからといって、たかがガキ一人に幾らかけるつもりだと呆れたが、セキュリティーの高さと個人を識別されない秘匿性が受けて、いつの間にやら裏社会では金はかかるが安全な檻があると密かな人気を博し、今やビジネスとして充分な収益を上げているというのだから侮れない。 ストリート時代の悪友であるリンの実家は、何と世的的に有名なコングロマリットであり、その裾野は国家経済をも揺るがす規模で世界各地に浸透していた。 このバカげた学園立ち上げプロジェクトを推進するにあたり、いったい国の上層部のどの辺りまでを巻き込みやがったのかと呆れ混じりに聞いてみても、意味深に笑われただけだった。 どこぞのお偉いさん方の尽力の成果か、桜華は表向きには普通の学園の体を成しており、授業は秘匿性保持のために遠隔ではあったが通常通り行われるし、その内容に関してもどれだけ金を積んだのやら、受けるに足るレベルの高さと面白さを兼ね備えていた。 唯一、他校と徹底的に違うのが、生徒会役員を取り巻くその権力構造にある。 基本的に生徒会役員はすべての頂点に君臨した。 オーナーであるリンを除けば唯一無二の絶対的な権力を持ち、その住居であり活動拠点でもある役員棟は、一般生徒やセキュリティガードの立ち入りを厳重に拒み、独立国家のような完全なる治外法権が許されていた。 リンは何も言わなかったが、学園を造るにあたり、組織から自分たちを自由に泳がせるよう、何らかの横槍が入ったことは容易に推測できた。 アイツもその一人だろうと、生徒会長のユージンの氷のように冷たい横顔に向けて殺気を放ってみる。 ピクリと頬を震わせて、ユージンがこちらを見た。 「ンな熱い視線送った覚えねェけど、何か感じたか?」 「……いや」 この春先に急きょ、それまであえて空席にしていた生徒会長の就任が決まった。 リンは苦笑いするばかりで何も言わなかったが、つまりはそういうことだ。 組織側に何らかの動きがあったとみて間違いない。 今まで放置に近い状態で放し飼いにしていたこちらの動向を間近で探らなければならない程度には、事態は深刻なのだろう。 自分を取り巻く見えない糸がジワジワと引き絞られていく気がして不快だったが、一方でこうした緊張感は嫌いではなかった。 「オラ、訓練終わったらシャワーで抜いてやるから、いい加減、機嫌直せ」 自分にもいくらか気分転換が必要だと、未だ機嫌のなおらないマコトの肩を抱いて格闘用の訓練ブースに向かったのだった。

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