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ストーカー行為(龍之介side)
「食堂が閉まる。温かい飯が食いたいなら、さっさと歩け」
不機嫌な士郎の声が廊下の向こうから聞こえてきた。
「……ビンゴ」
食堂で延々、士郎を張っていた。
ようやく訪れたチャンスに、壁にもたれかかり閉じていた目を開けた。
「……なんでそんなに不機嫌かなぁ」
見れば克己は柱に寄りかかり、男にしては細すぎる腰をさすりながら、悩ましげに深いため息をついていた。
言外に、士郎が激し過ぎたから悪いと訴えている。
オレを差し置いて、お楽しみだったワケかよ……?
士郎に迫って以来、克己のガードが厳しくなり、部屋を訪れようにも門前払いの日々が続いていた。
そっちがそのつもりならと、副会長の権力を最大限に活用し、学園内のあらゆる防犯カメラ映像を過去に遡って解析しまくった。
士郎の出没するエリアを時間ごとに絞り込めば、あとは先回りして迫ればいい。
最近ではさすがに時間帯をずらされるようになり、一度、GPS付きの発信機も試してみたが、さすがはガードの訓練を受けているだけあって、すぐに気づかれ、外されてしまった。
やっていることは、もはや完全なるストーカーである。
「そうか。もう若くないからな。湿布でも貼ったらどうだ」
「って、ひどっ! いったい誰のせいだと思ってるわけ?」
「ひどくしてくれと言ったのは誰だ? 男なら自分の言葉の行く末に責任を持て」
あまりにも士郎らしい一本筋の通った答えに、笑ってしまった。
「ホント、シロちゃんってばカタブツなんだから。そんなトコも好きだけど、少しは大事にしてくれないと浮気しちゃうから」
ね? と、克己にしなだれかかられた新入生は、もはや夢心地、好きにしてください状態である。
「ったく、つきあい切れん。早く来い!」
しびれを切らした士郎が、克己を肩に抱え上げると、歓声はさらに大きくなった。
「もうっ、荷物じゃないんだけど?」
「重いんだから、暴れるな」
「ホント、ムカつくっ」
克己が目の前にある士郎の尻を力任せにつねった。
「…っ! 手を焼かせるかのが悪い。機嫌よくいて欲しいなら、少しは自重しろ」
とその時、バチッと克己と目が合った。
するりと士郎の肩から飛び降りると、こちらに向かい歩いてくる。
「龍ちゃん、今晩ひまだったら、部屋に来ない?」
士郎の天敵を捕まえて、しなだれかかるあたり、お姫様もなかなかに性格が悪い。
「……まぁ、確かに最近のアイツはちょい余裕ないカンジだよなァ」
今もまた、士郎の眉が目に見えてヒクリと震えた。
同時に、こちらのボルテージも急上昇する。
目が合うだけで細胞が沸き立った。
触れて乱してグチャグチャにしてやりたくて、たまらなくなる。
「アン? ……ンだよ、ソイツじゃ足んねーの?」
わざと煽るように克己の腰を抱いて、引き寄せた。
「んー、シロちゃんってば基本、マジメじゃない?」
「……オマエ、偏った方向にドMだもんなァ」
「そ。精神的ドSの龍ちゃんとは正直、相性ビミョーなんだけど、その声は犯罪だよね。聞いてるとフラフラ近づいて、好きにしてって言いたくなる」
こちらのがっしりとした腕に抱きついたまま、克己がうっとりと目を閉じた。
「ンな濡れた目ぇして見んな。 ヤっちまうぞ、……コラ」
「ここじゃちょっと……ねぇ?」
演技に熱の入る克己を連れて、獲物にジワジワと近づいて行く。
「ちょ……っ、僕を餌にシロちゃんに手ぇ出すのやめてってば」
克己は当初こそ抵抗を見せたが、力では敵わないとわかっているのか、やがてあきらめたように目を綴じた。
克己を人質に取られている自覚があるのか、士郎もまたこちらを睨み据えたまま、動かない。
少しやつれただろうか。
あまり寝ていないのか、目の下にうっすらと隈が見えた。
視線を絡め取ったままニヤリと笑い、ずっと触りたかった大臀筋に手を伸ばす。
視線を固定されているせいで捕捉が遅れたのだろう。
避けられる前にムニっと弾力のある触り心地を手の平に記憶させることができた。
「もう……っ、僕を口説きながらシロちゃんのお尻触るとか、失礼過ぎるんだけどっ」
「や、無理だろ。すげー締まり。やらけー筋肉。……ぜってェ名器だって、コレ」
次の瞬間、いきなり身体が宙を舞った。
いくら手に残る感触の残存に気を取られていたとはいえ、あまりに見事に投げ上げられて、目を見開いた。
肘を逆手に取られ、実際、けっこうな痛みに襲われた。
「ギブギブっ、マジ折れるって…っ!」
わざとらしく騒いでみせれば、士郎が耳元で低くささやいてきた。
「それ以上、一言でもしゃべってみろ。男抱くどころか、一人遊びもできない身体にしてやるよ」
なかなかに色気のある言葉に、
「そしたらオマエが手伝ってくれんだろ?」
調子に乗って煽れば、士郎の目の奥に稲妻が走った。
次の瞬間、バキバキバキ、と空恐ろしい音が食堂に鳴り響いた。
「っ痛ーっ!マジやりやがったっ」
「騒ぐな。関節外しただけだろうが」
怒りがオーバーヒートしたのか、ブラック士郎様の降臨である。
「心配しなくてもちゃんと入れてやるよ。……ただし、いい子にしてたらな?」
冷ややかにギラつく士郎はそれはそれは色っぽく、美味そうに見えた。
「つか、卑猥なオマエって新鮮。……なァ、何入れてくれンだよ?」
痛みゆえの涙目でなおかつエロトークを炸裂させれば、もはやつき合ってられるかとばかりに、士郎は完全無視を決め込んだ。
さて。このお礼はどんな形で返してもらおうかと考えていた、その時。
「あ、あの……」
場にそぐわない、えらく気弱な声が割って入ってきた。
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