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承諾(士郎side)

皆の注目をいっせいに浴びた声の主は、あたふた慌てたかと思うと、やがて恥ずかしそうに頬を染め、うつむいた。 今時珍しい、底が見えないほどの分厚いメガネとボサボサ頭の、いかにも平凡な少年である。 天下の生徒会副会長と学園の姫という有名どころを前にして、輪に入りたくても入れなかった外野からしたら、一人ちゃっかり抜けがけしたようにしか見えなかったようで。 「アイツ、何やっちゃってんの?」 「鏡見ろっての。何あの厚底メガネ。今時ねーわ」 「てかキング、ナイトに迫ってるとこジャマされて、めっちゃ機嫌悪りーし」 あえて聞こえるように降り注ぐ陰口に、つかの間、気圧されたように見えた少年だったが、やがて気を取り直したように歩を進めると、 「ちょっと失礼」 痛めたばかりの龍之介の左腕を取った。 「息を吸って、ゆっくり吐いて」 その声には、不思議と有無を言わせない力があった。 そして誰もが呆気に取られる中、少年はバキバキバキ、と手慣れた仕草で龍之介の肩関節をはめてしまった。 「〜っっっ」 後からやって来た盛大な痛みに、涙目で声もなくしゃがみ込んだ龍之介に、少年がほわんと優しく微笑みかけた。 「整復は時間との勝負なんで、手荒い真似してすみませんでした。頑張ってくれてよかったです」 なんとも憎めない笑顔である。 けして派手ではないのに、姿勢がいいせいか妙な存在感があった。 記憶の奥底に眠る断片と現状がつながりそうでつながらず、モヤモヤとした。 「シロちゃん、あの子知ってるの?」 不意にその姿勢のよさが、数年前、空手の大会でたった一度相対した少年と重なった。 鮮やかに優勝をかっさらい、風のように去っていった。 結局、表彰式にも現れず、その後、大会に出ている節もない。 「いや……」 そもそも、あれは会場の誰もが色めき立つほどの美少年だった。 目の前のモッサリとしたメガネの少年とは、似ても似つかない。 「……まさかな」 歯切れの悪いつぶやきがこぼれた。 「整復したとはいえ、必ず校医には診せてください。後遺症が残ると怖いので、しばらくは動かさない方がいいと思います」 「……って、ンな重症なのかよ? ってか、スゲェ手慣れてンな」 「母方の祖父が接骨院をやってるので」 本当はあまりシロートがやらない方がいいんですけどね、と少年は苦笑した。 「ま、サンキューな。けど、そっか、しばらくは安静……な。ンじゃまァ、シロちゃん、今後はアレコレいろいろ、よろしくな?」 何せ利き手をヤラれた訳だしなァと、龍之介が意味あり気にニヤリと笑う。 いちいち乱されたくなどないのに、どうしたって眉間にシワが寄り、顔が引きつるのを止められない。 「……ちゃん付けするな、気色悪い。だいたい右手は無事なんだ、どうとでもなるだろう」 「克己くーん」 ギクリとした。 「キミ、ナイトの管理がなってなくね? 飼い猫の不始末は、いったいどーつけてくれンだよ?」 やはりそうきたかと、舌打ちした。 「んー、シロちゃん貸してあげたいトコだけど、それだと僕の身が危ないし。治るまで同居の方向でどう?」 「おい……っ」 「身から出た錆って言葉知ってる? ガタガタ騒ぐのは男らしくないんじゃないかな」 「ああ、男らしくネェなァ」 「……っ」 さすがにやり過ぎた自覚はあった。 そもそも、口の立つ2人に同時に責められた時点で、勝てる見込みはないに等しい。 「……わかった、それでいい」 飲むしかない要求なら、騒ぐだけ無駄だ。 「じゃあ、決まりだね」 克己がニッコリ微笑う。 「よかったね、龍ちゃん。シロちゃん、こう見えてマメだから、いろいろお世話してもらうといいよ」 「……ヤベェな」 たった一言でゾワッと全身が泡立ち、落ち着かない気分になる。 「龍ちゃん、声がいつにも増してエロいんだけど」 「だってよ、普段無表情なヤツの嫌がってる顔って、たまんなくね?」 「わかる気がする。シロちゃんみたいにストイックな男が崩れる瞬間に見せる弱さって、どうしてだろ、壮絶に色っぽいよね」 「へぇ……、オマエもやっぱオトコだな。たまには乗っかってみたら、新たな扉が開けるンじゃねーの?」 「あー、それはナイなぁ。するのは別にいいんだけど、痛くないと感じないから、きっと気持ちよくなれないと思うんだよね」 「コイツ抱いてるオマエを、オレがバックからヤんのはどーよ?」 「それならいいかも」 目を輝かせた克己の口を、いい加減にしろと背後から乱暴に塞いだ。 「今ここでそれ以上何か言うなら、今の話はご破算だ」 克己と龍之介は顔を見合わせると、そろって口をつぐんだ。 「おまえがオレ達の部屋に来い。ただし、さっきのようなマネをしたら……わかってるな?」 「オマエはダメでも、克己ならいいンだよな?」 「合意……ならな」 「だってよ、克己。たまには誰かに見られながらってのも、燃えるンだろ」 龍之介が心底楽しそうに、追い打ちをかけてくる。 「龍ちゃん、僕をダシにシロちゃん口説くの、やめてくれる?」 嫌がってくれるくらいなら、同居などという馬鹿げた案は今すぐ取り下げて欲しかった。 そもそも何が克己の逆鱗に触れたかは知らないが、ついさっきまで龍之介を遠ざけてくれていた克己が、一転して猛獣をテリトリーに招き入れたのも、解せなかった。 「でも正直、龍ちゃんに抱かれるシロちゃんってのも、興味あるんだけどね」 「……っ!?」 思わず自分の唾液でむせそうになった。 想いを寄せる相手に、まさか尻を掘られてよがる姿を想像して喜ばれるとは。 当分は立ち直れそうにないと、深いため息の中で目元を覆ったのだった。

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