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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」2
……嘘だろ……。どーすんだよ、店の方は。
目をキラキラさせて一緒に招待券を覗き込んでいる雅紀の顔を、ちらっと横目で見る。
バレンタインデーにはこの自家焙煎珈琲店「つきのかけら」でも特別メニューを提供する予定で、今もその試作品作りに取りかかっていたところだ。
サービス業にとって、次から次へとやってくる季節限定イベントは、店のかきいれ時でもある。ゆっくり休んでイベントを楽しむ暇はない。
……でもなぁ……。
ハロウィン、クリスマス、年末年始。2人とも休みなく必死に働いてきたのだ。せめて、バレンタインデーぐらいは、この健気で優しい恋人とのんびりイベントを楽しんだってバチは当たらない気がする。
常連のお客さんはきっとガッカリするだろうが、今ならまだ予約も入っていない。
……よし、決めた。今回は休む。
暁は雅紀の肩に腕を回すと、ぐいーっと抱き寄せて
「おお~っ、やったじゃん。こんなの普通は当たんねえよな、すげえラッキーだぜ。このホテルのディナーとデザート、ただで食えちまうのか。しかもスペシャルスイートお泊まりとか、どんなご褒美だよ~」
言いながらわしわしと頭を撫でて、頬にスリスリすると、雅紀は腕の中でじたばたと暴れて
「んっもぉ~。暁さん、髭が痛いっ、っていうか髪の毛ぐちゃぐちゃっ。もぉ~」
雅紀はようやく抜き取った手で、ペシペシと背中を叩いてくる。
「痛えっつの。わかったわかった。こら、暴れんなって」
真っ赤な顔をしてまだもがく雅紀の頬に、ちゅーっとキスをした。
「あっ、暁さんっ、ここ、お店っ」
「今日は夕方からだろ。まだだーれも来ねえって」
顔に手を当て押し戻そうとするのを、強引に唇を奪ってやる。雅紀は塞がれた口でモゴモゴ文句を言っていたが、ちゅうっと強めに吸って唇を舌で割るとぴたっと大人しくなった。
「ん……ふ……ぅ…んぅ……」
腕にぎゅーっとしがみつき、キスに応え始めた雅紀の鼻から、可愛らしい吐息が漏れる。
……はぁ……やべえ……可愛いぜっ
もう数え切れないほどキスをしてる。でもいつだって雅紀とのキスは甘くて幸せで心ときめくのだ。
柔らかい髪の毛に指を突っ込み、ぐいっと引き寄せ更に深く味わう。
絡み合う舌、溶け合う吐息。
身体の奥がじわじわと熱くなる。
「んぅ……っはぁ……」
ちょっと余計なところまで熱くなってきて、暁は名残惜しいが口づけをほどいた。
今日の開店は夕方からだ。残念ながら、上の屋根裏部屋でこの続きをするには、もう時間が足りない。
雅紀ははふはふと忙しなく息をしながら、胸に顔を埋めてきた。髪の毛の隙間から覗く耳が紅くなっている。キスだけでスイッチが入るのは、自分だけではないのだ。
「雅紀。続きは閉店後な」
頭のてっぺんにそっと口付けて囁くと、雅紀は目元をうっすらと染めてこくんと頷いた。
……うはぁ。素直で可愛いぜっ。
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