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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」3
さて。バレンタインデー当日にホテルに1泊となれば、仕込みが出来ないから翌日も店は休みだ。今いろいろ試作しているものは、すべてバレンタインデーに合わせたメニューだから、違うデザインや内容に変更しなければならない。
雅紀はまだ恥ずかしそうに顔を赤くしたまま、開店前の掃除の為に、そそくさと厨房の奥へ行ってしまった。
暁は厨房に戻って、試作途中の材料を眺めて首を傾げた。
……とりあえず、今作ってるやつはバレンタイン特別メニューってことで、早めに出しちまうか。マンション帰って期間限定メニューのパウチ作んねーとな。おし。ちゃっちゃとやっちまおう。
暁は気を取り直して作業を再開した。
バレンタインデーまであと2週間だ。恐らくドレスコードがあるだろうから、久しぶりに可愛い雅紀の正装が見られるわけだ。
……あいつ、何着ても可愛いしなぁ……。く~っ。楽しみだぜっ。
夕方からの開店の仕込みと試作を急いで済ませ、開店前にひと息つくかと、2人分のコーヒーを淹れた。
客席とテラス席の準備をしているはずの雅紀の姿が見えない。
暁はマグカップと試作のデザートプレートをカウンターに置いて、テラス席の方に出てみた。
雅紀はテラス席の一番海側のテーブルで、ぼんやりと遠くを見ていた。
「お。ここにいたか。風が冷てえだろ。コーヒー淹れたから…」
「暁さん」
声をかけた途端にくるっと振り返った雅紀の顔を見て、暁は目を見開いた。
「お、おまっ、何だよ?なんで泣いて…どうした?具合でも」
慌てて駆け寄ると、雅紀は立ち上がってぽすんっと腕の中に飛び込んできた。
「ごめんなさいっ。暁さんっ」
突然、涙声で謝られて面食らう。
暁は腕の中の雅紀をぎゅっと抱き締め
「どうした?なんで謝ってんだよ?ん?」
なるべく穏やかに問いかけてみた。
「俺……失敗しましたよね」
「失敗?んー?なんか壊しちまったか?グラス割ったとかか?」
雅紀はふるふると首を横に振り
「違います。そうじゃ、なくて」
暁は雅紀の背中をとんとんと優しく叩くと
「とりあえず、中入ろうぜ。ここは風が冷たいからな」
のろのろと顔をあげた雅紀の目は潤んでいる。暁はにかーっと笑いかけると、肩を抱き直して店の中に連れ立って入った。
「冷えたろ?おまえの好きなマンデリンだ。まずはひと口飲んで落ち着こうぜ。な?」
雅紀はこくんと頷くと、マグカップにそろそろと手を伸ばした。その視線が、トレーに乗っているデザートプレートの上でピタリと止まる。
「これ……」
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