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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」11

「だめ、俺。なんか……緊張して足が竦んで……」 「へ~。最上階の展望レストラン、特等席を貸し切りかよ。思ったよりすげえな」 自分の後ろにおどおど隠れようとする雅紀の腰を、暁はグイッと抱き寄せた。 「堂々としてろって。大丈夫だ」 「でも……なんかちょっと場違いな感じだし……」 「んなことねえよ。ここにいる誰よりも、おまえは綺麗で気品がある。どっからどう見てもここに相応しい素敵なレディだよ」 暁がそう言ってにかーっと笑うと、見上げる雅紀の目がちょっとせつなげに揺れた。 ……んー……レディって言い方はダメだったか? 雅紀がまたちょっと卑屈な気持ちになっているのが、何となく分かるのだ。自分が男だから暁さんに迷惑かけてる…なんて馬鹿なことを、多分考えているに違いない。 「あのな。女に化けんの、別に俺の方でも構わなかったんだぜー。でもさ、俺のこのガタイじゃ、すげー大女になっちまうもんなぁ」 わざとおどけてそう言うと、雅紀は大きな瞳を零れそうなくらい見開いて、暁の顔をマジマジと見つめ……噴き出した。 「暁さんが、女装?うわぁ……」 その姿を想像しているのだろう。雅紀はくすくす笑いだして 「無理。それはダメです。その身長で女の人なんて絶対に無理っ」 笑いすぎて涙目になっている雅紀を、暁は睨みつけた。 「おま、それ、笑いすぎだっつーの」 軽くデコピンしてやると、雅紀はまだ笑いを噛み殺しながら 「ふふふ。暁さんよりは俺の方が、まだマシですね」 緊張がほぐれて柔らかい笑みを浮かべる雅紀に、暁は内心苦笑した。 ……ったくもう……。可愛いやつ。 自分の容姿に自覚がないにも程があるが、また余計なことを言えば気にして落ち込むだろう。 雅紀のこういう自己肯定感の低さは、子どもの頃から親に植え付けられてしまったものだから、そう簡単には変えられない。 根気よく何度も、秋音と自分で肯定し続けてやるしかないのだ。 「さ。んじゃ、行くか」 すっと手を差し出すと、雅紀は俯きながら手を添えてくる。 シンプルなデザインの白いカクテルドレスに丈の短いファー付きの上着。巻き毛が愛らしいロングのウィッグで、小さな顔をふんわり包み込んでいる。顔にはうっすらと化粧を施しただけだが、何の違和感もない美人さんだ。 ……はぁ……惚れ惚れするぜ。 受付でもらったチケットを係りのウェイターに差し出すと、展望レストランの1番奥の席に案内された。 一面ガラス張りの窓の外に煌めくのは、まるで宝石を散りばめたような美しい夜景だ。 傍らの雅紀がそっと顔をあげ、窓の外を見て小さく感嘆の声をあげる。 恋人たちの特別な夜に相応しい、ロマンティックな演出だった。

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