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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」12
「ふーん。思ったよりド派手じゃなくて、なんかしっとりいい感じじゃん?」
祥悟はサングラスを少しズラして、展望レストランの中をさっと眺め回した。
「いや……思ってたより凄くない?ここの奥の一番眺めのいい場所だよ」
ちょっと腰が引けてる感じの智也に、祥悟は余裕のある笑みを浮かべて流し目してみせた。
「ま。特別企画だもんな。これぐらい当然だろ」
「……君ってほんと、度胸あるよね」
ホテルのフロントで受け取ったチケットを、係のウェイターに指し示す。
案内された席は、レストランの一番奥。
間に衝立を挟んだもう一方のブースには、きっと今回当選したもう一組のペアがいるのだろう。
テーブルには並んで窓の外を眺められるように、座り心地の良さそうな椅子がセッティングされている。
「いいじゃん。すげえロマンティック」
ウェイターがいったん奥に引っ込んだのを見届けてから、祥悟は少し離れて置かれてる椅子を智也の椅子に寄せて座り直した。
智也は、まだちょっと緊張した面持ちで、窓の外を眺めていたが、ピッタリと椅子をくっつけて祥悟が顔を覗き込むと、焦ったように辺りを見回し
「し、祥、近いよ」
「なんでだよ。いちゃいちゃする為の企画じゃん」
「う……。それは…そうだけど……」
祥悟は構わず腕にぎゅーっと抱きついて
「なんかいいよね。公の場で堂々とこういうこと出来るのってさ」
智也は照れたように目元を紅くした。
「もう……君って大胆すぎるよ」
食事は創作フランス料理のフルコースだった。
アペリティフ(食前酒)から始まって、アミューズ(突き出し)、オードブル、スープ、ポワソン(魚料理)と続く。
こういった場は、2人ともモデル時代にさんざん経験しているから慣れてはいたが、引退してからは、ここまで本格的なフレンチは久しぶりだった。
食事はどれも美味しかった。
夜景を眺めつつ、時折傍らの恋人に視線を送る。智也はすっかり落ち着いた様子で、穏やかに微笑み返してくれる。
思えば不思議なことだ。
出生が訳ありで両親が心中して施設で育った自分が、まともなパートナーを得ることなど一生ありえないと思っていた。
刹那的に生き、いつかは独りで死んでいく。そんな人生しか思い描くことが出来ずにいた。
智也のような理想的な恋人と安定した暮らしをして、共に歳を重ねるなんて思ってもみなかった。
人生は何が起きるか分からない。
極端な悲観主義者ではないが、それでもいつまでもこの幸せが続くとは限らないと思っている。
自分はたぶん、智也以外に心移りすることはないだろう。だが、智也のこの先もそうとは断言出来ないのだ。だから、いつかそういう日が来た時に心残りがないように、今のこの幸せを日々噛み締めて生きる。
あまり幸福とは言えなかった自分の人生に、思いがけず舞い降りてきてくれた天使なのだ、智也は。
優しい恋人の温もりに包まれて過ごす時間の全てが、自分にとってはかけがえのない宝物だ。
……はっ。柄にもねえこと考えてるし。
祥悟は内心苦笑すると、グラスを掲げて、ワインレッドの揺らめき越しに智也の笑顔をそっと見つめた。
「どうだ?美味いか?」
暁が問いかけると、隣に座る可愛い恋人はナイフとフォークを置いて、ふぅ…っとため息をついた。
「美味しい、です。でも……」
「でも?」
「緊張……し過ぎて、ちょっと味、わかんないかも」
雅紀らしい答えに、暁は頬をゆるめた。
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