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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」13
「あんまり飲みすぎるなよ。この後まだ肉料理がくるんだ。デザートもあるからな」
雅紀はちょっと赤くなった頬を手で押さえて
「うん。飲みすぎちゃったら本当に味なんかわからなくなっちゃいますね」
「ほーれ、リラックスな。別に誰が見てるってわけでもねえし。2人っきりで家で食ってんのとおんなじだぜ」
雅紀はぎこちなく微笑んで
「そうですよね。うん……」
フレンチのコース料理なんて食べたのは、暁も久しぶりだった。雅紀はあまり経験がないから、緊張するのも無理はない。
お作法だなんだといろいろあるのだろうが、基本さえ押さえていれば、別にマナー違反にはならない。
食事はリラックスして楽しむのが一番だ。
暁は椅子を少しズラして、雅紀の隣にピッタリと寄り添うと、その手に自分の手をそっと重ねた。
「っあ、暁さんっ」
「だーいじょうぶだって。誰も見てねえし。見られたって構わねえだろ?これは恋人同士がいちゃいちゃする為のイベントなんだからさ」
雅紀は目元をぽっと染めて、ちらちらと周りを見回した。
「……それは……そうですけど……でも、給仕の人が」
「気にすんなって。せっかくなんだからしっかり味わおうぜ。後でうちの店のメニューの参考になるかも、だろ?」
雅紀は目をぱちぱちさせて、料理の皿に視線を戻した。
「そっか……そうですよね」
「ん。美味いものを味わって、その味覚えておいて後で活かす。盛りつけ方なんかもさ、よーく見ておけよ。こういうセンスは参考になるからな」
暁の言葉に雅紀はこくこくと頷くと、真剣な表情で料理を口に運び始めた。
……ったく。真面目ちゃんだよなぁ……。
いくらリラックスしろしろと言っても簡単に出来るものじゃない。この素直で何事にも一生懸命な仔猫ちゃんには、店の今後の為だと言ってやった方がいいだろう。
「次は肉料理だぜ。どんなのが来るか楽しみだな」
雅紀はこちらを見て、さっきより少し緊張のほぐれた愛らしい笑顔で、嬉しそうに頷いた。
「どう?満足した?」
智也の問いかけに祥悟はニヤリとすると
「ん。流石。料理は完璧。デザートもすげえ美味かったし。そういや、ここの専属パティシエってさ、確か隠れ家的な自分の店もやってるんだよね」
「へえ。じゃあ今度そっちにも行ってみようか」
「前に雑誌で見てさ。会員制で週に2回だけ創作デザート食える店。面白そうだよな」
「うん。あ……この後、どうする?デザートは他にも追加出来るんだ。オプションでね」
その言葉に祥悟は目を輝かせた。
「俺、まだまだいける。あ、でもその前にちょっと洗面所に行ってくるわ」
ナプキンをテーブルに置き、祥悟は立ち上がると、何か言いたそうな智也を置いて歩き出した。
今夜は食事をキチンと楽しみたいから、酒の量は極力控えた。足元もふらついてない。
隣の衝立の前を通り過ぎた時、その間から誰かが出てきたのが目の端に映った。
おそらく今回の企画のもう一組の当選者だ。
振り返ってどんな人物か見ようと思ったが、どうやら同じく洗面所に向かうらしい。
……ふーん。結構背の高い男だな。
そんなことを考えながら洗面所の前まで来て、祥悟は迷わず男性用のドアを押した。
「あ。失礼。そっちは男性用ですよ」
後ろから声を掛けられて、祥悟はギョッとして固まった。
……は……?今の……声……。
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