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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」15

人を小馬鹿にしたような揶揄い口調に、暁は仰け反って白目を剥いた。 「ななな、なんでおまえが、ここに、つか、なんだよ、その格好は、っつーか、おま、さっきどっから出てきやがった?」 盛大に吃る暁に、祥悟はますます冷ややかな目をして首を竦め 「はいはい。ちょっと落ち着こうか?暁くん。質問は1つずつ、ゆっくりね」 口をぱくぱくしている暁につつーっと近づいてくると、顎の下に人差し指を当てて 「ふふ。今日の暁くん、きまってるね。ぼっさぼさの髪よりこの方が男前だよねぇ」 妙に艶かしい蠱惑的な笑みを浮かべる美女……ではなく、にっくき天敵、橘祥悟。 「てめえ、人をおちょくるなっつーの。いいから質問に答えやがれっ」 つい挑発に乗せられて噛みつくと、祥悟はちらっと周りを見回し、払い除けた指先を今度は唇にぴたっと当ててきて 「しー。こんな場所で大声出すと、警備員が来ちゃうけど?いいの?この人に痴漢されましたーって、助け呼んじゃうかもよ?」 暁は唸り声を漏らしながら押し黙った。 ……ダメだ。こいつのペースに乗せられたら。 少し落ち着け、俺。 暁は大きく深呼吸すると祥悟の顔を睨みつけ 「んじゃ、一個ずつ質問な。おまえはどうしてここに居るんだよ?」 「んー。たぶん、君と同じ理由かなぁ?」 ……げぇぇぇ。やっぱりか。うはぁ……信じらんねえ!あの企画ってペア2組だけだろーが。俺らとこいつらが当たるってどんな奇跡だっつーの。 「んじゃ、もう一個な。おまえのその格好は?」 祥悟は妙に可愛らしく小首を傾げると 「んー?それも、たぶん、君らと同じでしょ。ね、ね、今日一緒に来たのって雅紀だよねぇ?あ。まさか他の女とか連れてきてたりする?」 ぐいぐいと無駄に顔を寄せてくる祥悟に、暁はじりじりと後ずさった。 ……くっそー。なんだよこの無駄に色っぽい美女っぷりは。こいつ、本当に男かよ? 声は間違いなく祥悟だ。 いや、顔もよく見れば祥悟なのだが。 見慣れない艶やかな黒髪のウィッグのせいなのか、並の女じゃ絶対に着こなせないような服装のせいなのか、祥悟だとわかっていても、ドギマギしてしまう。 ……うわぁ……ってことは俺さっき、こいつの尻に見とれて歩いてたってことかよ! こんなこと、雅紀に知られたら絶対に泣かれる。 暁は後ずさりながら首を横に振り 「女なんかと来るかよ!俺が連れてくるのは可愛い雅紀だけだっつの」 祥悟はじりじりと近寄りながら 「ふーん?じゃあどうしてそんな狼狽えてるのかな?暁くん、君、何か後ろめたいことでもあるの?あ……ひょっとしてさっき、俺のお尻に見蕩れてたりとかしてたんじゃない?」 ……!!!な、なんで分かったんだよ!こいつ、エスパーかよっ。 「ふふ。図星だって顔に書いてある。暁くんってさ、ほんとに可愛いよね」 いつのまにか、トイレの向かい側の壁まで追い詰められていた。 暁は冷や汗をかきながら身を翻そうとしたが、祥悟の腕が伸びてきて、両腕の脇の壁に手をついた。 「ねえ?暁くん。君の可愛い仔猫ちゃん。女装してたりするでしょ。俺と同じように」 「な……なんで、分かるんだよ?」 「だって、あの子の可愛い女装が見られるチャンスだし?君が考えそうなことぐらい、お見通しなんだよね」 伸び上がった祥悟の顔が、息がかかるほど近くに迫る。控えめにつけた甘く妖しいフレグランスの香りがふわっと鼻を擽った。 「おおおまえだって、その格好、真名瀬さんの趣味だろうが!」 「ん~?どっちかっていうと、自分の趣味?」 ……おまえの趣味なのかよ!っつか、んな近づくなっつーの。てか俺も落ち着け。

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