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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」16
……ふーん。驚いたけど……ちょっと面白くなってきたかも。
壁にへばりつく暁を両腕で閉じ込めて、祥悟は内心ほくそ笑んだ。
思った通り、雅紀も自分と同じように女装しているのだ。
あの素直でウブな仔猫ちゃんに会うのは久しぶりだ。
舞台装置は揃ってる。
これは最高に楽しいイベントになるかもしれない。
「ねえ、暁くん。ディナーが終わったらさ」
「いや、断る」
「は?俺まだ何も、言ってないんだけど?」
「や。おまえの悪巧みなんてお見通しなんだよ。おまえには前にもさんざん酷い目に遭ってるからなっ」
警戒心バリバリで断固拒否してくる暁に、祥悟は首を傾げた。
「前にも酷い目に?……って、俺なんかしたっけ?」
その言葉に暁は唖然とした顔になった。
「はあ?おま、ちょっと待て。今なんつった?俺なんかしたっけ?だと?こら、ふざけんなよ!」
「しー。暁くん、ほんと野蛮人だよねぇ。こんな所で大声で喚くなって、さっきも言ったでしょ?」
窘めると暁はまったく納得してない様子で、しかしちょっと周りを気にしながら声をひそめて
「おまえ、忘れたのかよ?あの変な薬入りのチョコレート」
「……ああ。そういえば」
「ああ、そういえば、じゃねーっつの。おかげでとんでもねーことになったんだぞ」
祥悟は首を傾げた。
「でもそれなら、君にもっと酷い仕返しされたよねぇ?忘れちゃった?」
「う……。ま、たしかにあれはちょっとやり過ぎたけどな」
「ふふ。でしょ?じゃあ、おあいこだよね」
指先で暁の顎をなぞると、手首をグイッと掴まれた。
「触んなっ」
「ええ?暁くん……冷たいね。俺のこと、そんなに……嫌い?」
しおらしくちょっと傷ついた風に目を伏せてみる。
暁は慌てて手首を離して
「や。嫌いとは言ってねーだろ。ただ」
「俺は前から言ってるよね。暁くんのこと、好きだって」
途端に暁は苦虫を噛み潰したような顔になり
「おまえなぁ。真名瀬さんとパートナーになってどんだけ経つんだよ。そういう不誠実なことばっか言ってるから、前みたいなことになったんだろが。冗談でもよせ。そういう事は」
祥悟はじーっと暁の目を見つめた。
相変わらず、チャラチャラしてるように見えて誠実な男だ。あの仔猫ちゃんもきっと幸せだろう。
微笑ましくはあるが……ちょっと面白くない。
「別にいいじゃん。智也は俺の中で別格なんだし?」
「だったら真名瀬さんが聞いたら哀しむようなことは、口に出さねえ方がいいだろ。あの人は本当に真面目で純粋一途な男だぜ」
「そんなこと、暁くんに言われなくたって知ってる」
祥悟はぷいっと顔を背けると
「つまんない男。冗談も通じないなんてさ。じゃね、暁くん。愛しの仔猫ちゃんとごゆっくり」
祥悟は彼に背を向けて、紳士用のトイレのドアを開けて中に入った。
祥悟が無事にトイレから出てきたのを確認してから、暁も用を済ませてレストランの自分のブースに戻って行った。
……まあ、あのナリでも中身は男だもんな。ご婦人用に入るわけにはいかねーか。
それにしても見事な化けっぷりだった。とてもじゃないが、自分より2歳上の男には見えない。
……ま。うちの仔猫ちゃんだって負けてねえけどな。
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